2026年2月、ミラノ・コルティナ五輪で日本中を感動の渦に巻き込んだフィギュアスケートペア「りくりゅう」。
ショートプログラム5位からの大逆転で金メダルを獲得し、日本ペア史上初の快挙を成し遂げました。
「りくりゅうって何?」「二人のプロフィールや結成の経緯を知りたい」「これまでの戦績をまとめて見たい」と感じている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、りくりゅうの基本情報から日本代表としての経歴、怪我との闘い、そしてミラノ五輪での金メダル獲得までの全記録を、wiki風に網羅的にまとめています。
二人の歩んできた道のりを知れば、あの逆転劇の感動がさらに深まるはずです。
りくりゅうとは?ペアの愛称の由来と基本プロフィール
りくりゅうとは、フィギュアスケートのペア競技で活躍する三浦璃来選手と木原龍一選手の愛称です。
三浦選手の名前「璃来(りく)」と木原選手の名前「龍一(りゅういち)」を組み合わせ、ファンの間で自然と定着しました。
2019年のペア結成以降、日本フィギュアスケート界の歴史を次々と塗り替えてきた二人は、2026年ミラノ・コルティナ五輪で日本ペア史上初の金メダルを獲得しています。
三浦璃来と木原龍一の年齢・身長・出身地まとめ
二人のプロフィールを整理すると、以下の通りです。
| 項目 | 三浦璃来 | 木原龍一 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 2001年12月17日 | 1992年8月22日 |
| 年齢 | 24歳 | 33歳 |
| 出身地 | 兵庫県宝塚市 | 愛知県東海市 |
| 身長 | 146cm | 174cm |
| 学歴 | 中京大学スポーツ科学部卒業 | 中京大学スポーツ科学部卒業 |
二人の年齢差は9歳で、フィギュアスケートのペアとしてはやや大きい年齢差といえます。
しかし、この年齢差が絶妙なバランスを生み出し、木原選手の経験値と三浦選手の若さと勢いが融合した唯一無二のペアとなりました。
身長差は28cmで、ペア競技におけるリフトやスロージャンプに適した体格差です。
所属チームと練習拠点はどこ?
りくりゅうの所属は木下グループです。
練習拠点については、ペア結成当初はカナダのトロントを本拠地としていました。
現在は、2025年6月に神戸市中央区にオープンした通年型スケートリンク「シスメックス神戸アイスキャンパス」を練習拠点の一つとしています。
国際規格を備えたこの施設には、坂本花織選手をはじめとするトップスケーターも集まっており、国内における競技環境の充実ぶりがうかがえます。
コーチはブルーノ・マルコットとメーガン・デュハメル
りくりゅうを指導するのは、カナダ人コーチのブルーノ・マルコット氏とメーガン・デュハメル氏です。
マルコット氏は、二人のペア結成そのものを提案した人物でもあり、りくりゅうの生みの親ともいえる存在です。
一方のデュハメル氏は、自身もペアスケーターとして五輪メダルを獲得した実績を持つ指導者で、技術面と精神面の両方から二人を支えています。
ミラノ五輪でショートプログラム5位に沈んだ際、マルコットコーチが二人にかけた言葉が逆転劇の大きなきっかけになったことは、多くのメディアで報じられました。
りくりゅうのペア結成はなぜ実現した?運命の経緯を解説
りくりゅうのペア結成は2019年8月のことです。
当時、木原選手はスケートを辞めることすら考えていた時期にあり、三浦選手はまだ高校生でした。
二人が出会い、世界の頂点を目指すペアとなるまでには、いくつもの偶然と決断が重なっています。
木原龍一が引退を考えていた2019年の転機
木原選手は、前パートナーである須崎海羽選手とのペア解消後、競技を続けるかどうか深く悩んでいました。
2014年のソチ五輪には高橋成美選手と出場しましたが、その後のキャリアは決して順風満帆ではありませんでした。
パートナー探しに難航し、一般企業への就職も視野に入れていた時期もあったと報じられています。
スケートへの情熱と現実の間で揺れていた2019年、運命を変える出会いが訪れます。
コーチの提案から始まった9歳差ペアの誕生
二人を引き合わせたのは、カナダ人コーチのブルーノ・マルコット氏でした。
マルコット氏は、三浦選手が以前から指導を受けていたコーチです。
木原選手の競技力と三浦選手のポテンシャルを見抜き、ペア結成を提案したとされています。
当時17歳の三浦選手と27歳の木原選手という組み合わせは、年齢差だけを見れば異例ともいえるものでした。
しかし、実際に氷上で合わせてみると息がぴったりで、二人はすぐにペア結成を決断しました。
カナダ・トロントへ渡った高校生と27歳の挑戦
ペアを結成した二人は、マルコットコーチの拠点があるカナダ・トロントへ渡ります。
当時、三浦選手はまだ高校生でした。
異国の地でゼロからペアの技術を磨き上げる生活が始まったのです。
結成からわずか3か月で国際大会にデビューし、そこからの成長速度は目覚ましいものがありました。
ただし、2020年には新型コロナウイルスの影響で世界選手権が中止になるなど、海外拠点ならではの困難にも直面しています。
異国でのコロナ禍という逆境の中でも練習を続け、着実に実力をつけていった二人の姿勢が、後の快進撃につながりました。
りくりゅうの経歴をWiki風に総まとめ|結成から五輪金メダルまで
りくりゅうの歩みは、わずか7年で世界の頂点に立った驚異的な軌跡です。
ここでは、それぞれの選手の経歴からペア結成後の成長までを時系列で振り返ります。
三浦璃来のシングル時代からペア転向までの歩み
三浦璃来選手は、5歳のときにスケートを始めました。
フィギュアスケートをするディズニーのアニメを見て「自分にもできる」と思ったことがきっかけだったと語っています。
シングル選手として活動した後、2015年にペアへ転向し、市橋翔哉選手と組んで競技を続けました。
同年12月の全日本ジュニア選手権では優勝を果たし、2018年の世界ジュニア選手権にも出場して10位に入っています。
ペアスケーターとしての素質を着実に磨いていた三浦選手にとって、2019年の木原選手との出会いは大きな転機となりました。
木原龍一の歴代パートナーとソチ五輪の経験
木原龍一選手のキャリアは、シングル選手としてスタートしています。
その後ペアに転向し、最初のパートナーは高橋成美選手でした。
高橋選手とのペアでは、2014年のソチ五輪に日本代表として出場しています。
結果は18位でフリーに進むことはできませんでしたが、五輪の舞台を経験したことは大きな財産となりました。
高橋選手の引退後は須崎海羽選手とペアを組みましたが、こちらも解消に至っています。
二度のパートナー交代を経験しながらも競技を続けた木原選手の粘り強さが、後にりくりゅうという最高のペアを生むことになります。
ペア結成初期の成長と2022年北京五輪での快挙
2019年8月にペアを結成したりくりゅうは、翌2021年の世界選手権で10位に入賞し、早くも世界の舞台で存在感を示しました。
2021-22シーズンにはさらなる飛躍を遂げ、世界選手権で銀メダルを獲得しています。
そして迎えた2022年の北京五輪では、ペア種目で7位入賞を果たしました。
日本のペアとしては過去最高成績であり、団体戦では日本チームの銀メダル獲得にも大きく貢献しています。
結成からわずか3シーズンで五輪の舞台に立ち、日本ペアの歴史を更新した快挙は、国内外で大きな注目を集めました。
2022-23シーズンに達成した日本ペア初の年間グランドスラム
北京五輪の翌シーズンとなる2022-23シーズンは、りくりゅうにとって飛躍の年でした。
GPシリーズのスケートカナダとNHK杯で優勝して勢いに乗ると、GPファイナルでも金メダルを獲得しています。
続く四大陸選手権でも優勝し、シーズンの集大成となる世界選手権では初の金メダルに輝きました。
GPファイナル、四大陸選手権、世界選手権の主要3大会を同一シーズンで制覇する「年間グランドスラム」を達成し、日本のペアとしては史上初の偉業となっています。
名実ともに世界トップペアの仲間入りを果たした瞬間でした。
木原龍一の腰椎分離症とは?怪我からの復帰までの全記録
りくりゅうの歩みは順風満帆ではありませんでした。
2023年に木原選手を襲った腰椎分離症は、ペアの存続すら危ぶまれるほどの深刻な怪我だったのです。
2023年に発症した腰椎分離症の症状と深刻さ
2023年9月、シーズン初戦のオータムクラシックを2位で終えた直後、木原選手に腰椎分離症の診断が下されました。
腰椎分離症とは、腰の骨の一部に疲労骨折が起こる疾患です。
木原選手の場合は症状が深刻で、一時は歩くことさえままならない状態に陥ったと報じられています。
ペア競技ではリフトやスロージャンプなど腰への負担が大きい技が多く、競技復帰への不安は計り知れないものがあったでしょう。
GPシリーズ・全日本選手権の欠場と三浦璃来の支え
腰椎分離症の影響で、りくりゅうは2023-24シーズンのGPシリーズ2大会と全日本選手権を欠場しています。
世界選手権の連覇を目指していたシーズンにおいて、長期離脱を余儀なくされたのは大きな痛手でした。
木原選手が一人でリハビリに取り組む姿を見て、三浦選手は「悲しくなった」と後に語っています。
しかし、三浦選手は木原選手のそばで支え続け、二人の絆はむしろ深まったと多くのメディアで伝えられました。
怪我を通じて互いの存在の大切さを再確認したことが、後の逆転劇を支える精神的な土台になっています。
2024年四大陸選手権での復帰戦と復活の軌跡
リハビリを乗り越えた木原選手が実戦に復帰したのは、2024年2月の四大陸選手権でした。
オータムクラシック以来、実に約4か月半ぶりの試合です。
復帰戦では銀メダルを獲得し、「戻ってきたんだな」と二人で実感したと報じられています。
木原選手は大会前に「痛みはもうゼロ」と語り、復活への手応えを見せていました。
続く世界選手権でも銀メダルを獲得し、短いシーズンながら着実に競技力を取り戻しています。
2024-25シーズンにはGPシリーズからフル参戦し、スケートアメリカ優勝、四大陸選手権優勝、そして世界選手権2度目の金メダルと、完全復活を印象づけました。
りくりゅうの主な戦績一覧|日本代表としての輝かしい記録
りくりゅうは日本代表として、国際大会で数々の記録を打ち立ててきました。
ここでは主要大会の戦績を整理してまとめます。
世界選手権の成績は?2度の金メダルを含む全結果
りくりゅうの世界選手権における成績は以下の通りです。
| シーズン | 順位 |
|---|---|
| 2020-21 | 10位 |
| 2021-22 | 2位(銀メダル) |
| 2022-23 | 1位(金メダル) |
| 2023-24 | 2位(銀メダル) |
| 2024-25 | 1位(金メダル) |
初出場の10位から着実に順位を上げ、2度の金メダルと2度の銀メダルを獲得しています。
2023-24シーズンは木原選手の怪我からの復帰シーズンだったにもかかわらず銀メダルを獲得しており、地力の高さがうかがえます。
GPファイナルと四大陸選手権の歴代成績
GPファイナルでは、2022-23シーズンと2025-26シーズンの2回にわたって優勝を果たしています。
2024-25シーズンにも銀メダルを獲得しており、常にトップ争いに加わる安定した成績を残してきました。
四大陸選手権では、2022-23シーズンと2024-25シーズンに優勝し、2023-24シーズンは銀メダルという成績です。
いずれの主要大会でも表彰台を外すことがなく、りくりゅうが世界のペア競技において圧倒的な存在であったことがわかります。
自己ベストスコアはいつ記録された?
りくりゅうの自己ベストスコアは、すべて2026年のミラノ・コルティナ五輪で記録されています。
| 種別 | スコア | 記録した大会・種目 |
|---|---|---|
| 合計 | 231.24点 | ミラノ五輪ペア |
| SP自己ベスト | 82.84点 | ミラノ五輪団体戦 |
| FS自己ベスト | 158.13点 | ミラノ五輪ペア(世界歴代最高) |
特筆すべきは、フリースケーティングの158.13点が世界歴代最高得点であるという点です。
五輪という最高の舞台で自己ベストを更新し続けた事実は、りくりゅうの勝負強さと成長力を物語っています。
ミラノ五輪で金メダル!SP5位からの大逆転劇を振り返る
2026年2月16日、ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペアフリーで、りくりゅうは劇的な逆転金メダルを達成しました。
金メダル最有力候補と目されながらショートプログラムで出遅れ、そこから世界最高得点で頂点に立つという、五輪史に残るドラマが生まれています。
ショートプログラムでまさかの5位に沈んだ理由
2月15日に行われたショートプログラムで、りくりゅうは73.11点にとどまり5位という結果でした。
首位とは6.90点もの差がつき、メダル獲得すら危ぶまれる状況です。
原因は、演技中のリフトでミスが出たことでした。
団体戦のショートプログラムでは82.84点を記録していただけに、このミスはペアにとって大きな痛手となっています。
木原選手は「もう全部終わっちゃったな」と絶望感に包まれ、演技後も涙が止まらなかったと報じられています。
フリーで世界歴代最高158.13点を叩き出した圧巻の演技
翌日のフリースケーティングで、りくりゅうは圧巻のパフォーマンスを見せました。
序盤の3連続ジャンプを成功させると、ショートプログラムで失敗したリフトも完璧に決めています。
演技が進むにつれて会場のボルテージは高まり、木原選手が三浦選手を頭上に掲げた瞬間には観客が総立ちとなりました。
158.13点という世界歴代最高得点が表示されると、二人は氷上で抱き合い号泣しています。
すべてのエレメンツを高い完成度でまとめ上げた演技は、技術点と演技構成点の両方で群を抜く評価を受けました。
合計231.24点で日本ペア史上初の金メダルを獲得
フリーの世界最高得点を加えた合計は231.24点となり、2位のジョージアペアに9.49点もの大差をつけての優勝でした。
ショートプログラム5位から6.90点差を逆転するという、フィギュアスケートのペア競技では異例ともいえる大逆転劇です。
日本のフィギュアスケート・ペア種目において、五輪の表彰台に上がること自体が初めてであり、金メダル獲得は歴史的快挙となりました。
日本フィギュア界全体で見ても、五輪金メダルは2018年平昌大会の羽生結弦選手以来の偉業です。
マルコットコーチの言葉と三浦璃来が支えた逆転の舞台裏
ショートプログラムの失敗後、木原選手は深い絶望に沈んでいました。
いつもはチームを引っ張る立場の木原選手が泣き崩れる姿を見て、三浦選手は「今回は私がお姉さんになって支える」と決意したと語っています。
マルコットコーチからは「昨晩のことは理解するな」という趣旨の言葉がかけられました。
過去のミスにとらわれず、目の前のフリーに集中するためのメッセージです。
三浦選手の精神的な支えとコーチの的確な言葉によって気持ちを立て直した木原選手は、フリーで自身も最高の演技を披露しました。
会見で木原選手は「璃来が力強く引っ張ってくれた。
あの出会いがなければ五輪に出ることさえできなかった」と感謝の思いを述べています。
りくりゅうが達成した生涯ゴールデンスラムとは?
ミラノ五輪での金メダル獲得により、りくりゅうは「生涯ゴールデンスラム」という大偉業を達成しました。
日本フィギュアスケート界でも限られた選手しか成し遂げていない快挙です。
五輪・世界選手権・GPファイナル・四大陸選手権の全制覇の意味
生涯ゴールデンスラムとは、国際スケート連盟(ISU)が公認するシニア国際大会の主要4冠を、選手生活を通じてすべて制覇することを指します。
具体的には、オリンピック、世界選手権、GPファイナル、四大陸選手権の4つです。
りくりゅうは2022-23シーズンにGPファイナル、四大陸選手権、世界選手権を制覇していましたが、五輪の金メダルだけが残されていました。
ミラノ五輪での優勝によって最後のピースが埋まり、生涯ゴールデンスラムが完成したのです。
ペア競技で日本の選手がこの偉業を達成したのは、もちろん史上初のことです。
日本フィギュア界では羽生結弦以来2人目の偉業
日本のフィギュアスケート選手で生涯ゴールデンスラムを達成したのは、男子シングルの羽生結弦選手以来2例目となります。
羽生選手は2014年ソチ五輪と2018年平昌五輪で連覇し、世界選手権やGPファイナルでも複数回の優勝を果たしました。
りくりゅうはペア競技でこの偉業に並んだことになり、日本フィギュアスケートの歴史に新たな1ページを刻みました。
種目は異なりますが、いずれも日本が世界のトップレベルにあることを示す象徴的な記録です。
りくりゅうの金メダルに対する海外の反応と採点への議論
りくりゅうのミラノ五輪金メダルは世界中で大きな話題となりました。
称賛の声が多数を占める一方で、フリーの世界最高得点をめぐっては一部で採点への議論も生じています。
フリー世界最高得点に対する海外メディアの評価
フリーで記録した158.13点という世界歴代最高得点について、大半の海外メディアは称賛の姿勢で報じています。
BBCは「失意の5位からの逆転」として、りくりゅうの精神力とパフォーマンスの質の高さを伝えました。
一方、ロシア系メディアの中には「過剰な高得点」「新たな大きなスキャンダル」といった表現で疑問を呈する報道も見られます。
フィギュアスケートの採点は主観的な要素を含むため、大きな大会の後にはこうした議論が起こることは珍しくありません。
中国のペア強豪国から寄せられた擁護と称賛の声
ペア競技の強豪国として知られる中国からは、りくりゅうの金メダルを支持する声が多く上がっています。
「試合を見てほしい」「言う人は多いけど、私は大好き」といった反応がSNSを中心に広がりました。
中国はペア競技で長年にわたって世界をリードしてきた国であり、その国のファンや関係者から高い評価を受けたことは、りくりゅうの演技が真に優れたものであった証といえるでしょう。
会見での中国人記者とのやりとりが示した国を超えるリスペクト
金メダル獲得後の記者会見では、中国人記者とりくりゅうの間で交わされた友好的なやりとりが大きな反響を呼びました。
「国を超えたリスペクト」として多くのメディアが取り上げ、SNS上でも「本来の友好関係」「スポーツの力ってすごい」といった声が広がっています。
フィギュアスケートという競技を通じて、国境を越えた敬意と友情が生まれた象徴的なシーンとなりました。
採点への議論がある中でも、こうした温かい交流が注目されたことは、スポーツの持つ力を改めて示しています。
りくりゅうに関するよくある質問まとめ
りくりゅうに関して、ファンの間でよく取り上げられる疑問をまとめました。
二人は付き合っているの?気になる関係性
りくりゅうの二人の関係性は、海外メディアからも注目されるテーマです。
ミラノ五輪後にはアメリカのメディアが「二人は付き合っているのか」と報じ、議論が盛り上がったと伝えられています。
ただし、二人は公式にはこの件について明確なコメントをしていません。
演技中の息の合った表現力やキスアンドクライでの親密な様子がファンの想像を掻き立てていますが、あくまでも公の場では「最高のパートナー」として互いへの深い信頼と感謝を語る姿が印象的です。
りくりゅうペアの今後の活動予定は?
ミラノ五輪での金メダル獲得後、りくりゅうの今後の活動について公式な発表は現時点ではありません。
木原選手は33歳を迎えており、次の2030年五輪を目指すかどうかを含め、今後の動向が注目されています。
一方、三浦選手はまだ24歳であり、競技者としてはまだまだ活躍できる年齢です。
アイスショーへの出演や競技の継続など、さまざまな選択肢が考えられますが、二人の決断を温かく見守りたいところです。
試合の動画やハイライトはどこで見られる?
りくりゅうの試合映像やハイライト動画は、いくつかの公式プラットフォームで視聴できます。
TVerでは地上波放送の見逃し配信が行われており、ミラノ五輪関連の動画が無料で視聴可能です。
また、スポーツナビなどのスポーツ総合サイトでも、ハイライト動画が公開されています。
国際オリンピック委員会の公式サイト(Olympics.com)でも関連映像が配信されることがあるため、あわせてチェックしてみてください。
まとめ:りくりゅうの軌跡が教えてくれる諦めない力
- りくりゅうとは、フィギュアスケート・ペアの三浦璃来選手と木原龍一選手の愛称である
- 2019年8月にコーチのブルーノ・マルコット氏の提案でペアを結成した
- カナダ・トロントを拠点に、結成からわずか3シーズンで世界選手権銀メダルと北京五輪7位を達成した
- 2022-23シーズンにはGPファイナル・四大陸選手権・世界選手権を制し、日本ペア初の年間グランドスラムを達成した
- 2023年に木原選手が腰椎分離症を発症し、一時は歩行も困難な状態に陥った
- 約4か月半のリハビリを経て2024年2月の四大陸選手権で復帰し、銀メダルを獲得した
- 2026年ミラノ・コルティナ五輪ではショートプログラム5位から大逆転で金メダルを獲得した
- フリーの158.13点は世界歴代最高得点であり、合計231.24点も自己ベストである
- 五輪金メダルにより、日本フィギュア界では羽生結弦以来2例目の生涯ゴールデンスラムを達成した
- 中国をはじめとする海外からも高い評価を受け、国を超えたリスペクトが話題となった

