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りくりゅうの脱臼はなぜ繰り返す?肩の怪我の全容と復活までの軌跡

フィギュアスケート・ペアの「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一組は、2026年ミラノ・コルティナ五輪で日本ペア史上初の金メダルを獲得しました。

しかし、この偉業の裏には、三浦璃来の左肩脱臼という深刻な怪我との長い闘いがあったことをご存じでしょうか。

2022年夏に始まった古傷は何度も再発し、五輪最終選考の舞台でも演技直前に肩が外れるという危機を招いています。

木原龍一も腰椎分離症に苦しんだ時期があり、二人は常に怪我のリスクと隣り合わせの競技人生を歩んできました。

この記事では、りくりゅうの脱臼にまつわる怪我の全容、繰り返す原因、リハビリとトレーニング改革の詳細、そしてミラノ五輪での逆転金メダルに至るまでの軌跡を時系列で詳しく解説しています。

目次

りくりゅうの脱臼とは?三浦璃来を襲った怪我の全容

りくりゅうの脱臼とは、ペアの女性スケーターである三浦璃来が繰り返し見舞われてきた左肩の脱臼のことです。

2022年夏に最初の負傷が発生して以降、大事な試合の直前や練習中に再発を繰り返し、競技生活に大きな影響を与えてきました。

以下では、時系列に沿って脱臼の経緯を整理していきます。

2022年夏に始まった左肩の古傷とその原因

三浦璃来の左肩脱臼の原点は、2022年夏に遡ります。

ペア競技では、男性が女性を頭上まで持ち上げるリフトや、投げ飛ばして着氷させるスロージャンプなど、肩関節に大きな負荷がかかる技が数多くあります。

こうした動作の繰り返しの中で、三浦の左肩は損傷を受けたとされています。

肩関節は人体の中で最も可動域が広い反面、構造的に不安定な関節でもあります。

一度脱臼すると、関節を支える靭帯や関節唇といった組織が損傷し、再び外れやすくなる性質を持っているのです。

2022年夏の負傷は、りくりゅうにとってその後の競技人生を左右する「古傷」の始まりとなりました。

2024年GPファイナルで再発した脱臼の瞬間と影響

2024年12月のグランプリ(GP)ファイナルは、三浦の脱臼がシーズンの成績に直接影響した象徴的な大会です。

フリーの公式練習中に三浦が左肩を脱臼し、気持ちが大きく動揺したまま本番の演技に臨むことになりました。

結果として、スロージャンプだけでなくソロのジャンプでもミスを重ね、フリーは3位に沈んでいます。

木原龍一は後に、この時期は自身の腰の怪我からの復帰過程にあり、「もっと完璧にこなさないと」という意識が強すぎたと振り返っています。

パートナーが怪我をした際に冷静にカバーする余裕がなく、自分自身の動揺も抑えきれなかったと語りました。

GPファイナルでの経験は、脱臼という身体的なダメージだけでなく、精神面での課題を二人に突きつけたのです。

2025年全日本選手権の6分間練習で起きた衝撃のアクシデント

2025年12月20日、ミラノ・コルティナ五輪の最終選考を兼ねた第94回全日本選手権。

ショートプログラム直前の6分間練習中に、再び衝撃的なアクシデントが起きました。

スロージャンプの助走に入った際に三浦が氷上でつまずき、左肩の最も弱い角度に力が加わって脱臼したのです。

木原は「心臓が止まるかと思った」と当時の衝撃を表現しています。

三浦はすぐにリンクサイドへ向かい、帯同していたトレーナーに肩を入れ直してもらいました。

滑走順は2番目で、待ち時間はわずか5分ほどしかありません。

極限の状況の中、二人はショートプログラムを演じ切り、84.91点という自己ベストを上回るスコアで首位に立ちました。

しかし翌日のフリーは、肩の状態を考慮して棄権を余儀なくされています。

三浦はその後、自身のInstagramで「肩の脱臼により、皆様にフリーをお見せすることができず、悔しい気持ちが残りました」と心境を綴りました。

なぜ脱臼を繰り返すのか?ペア競技特有の肩への負担

三浦璃来の脱臼は一度きりの怪我ではなく、複数回にわたって再発しています。

なぜ繰り返してしまうのか、その背景にはペア競技ならではの身体的負荷と、肩関節の構造的な問題が深く関わっています。

スロージャンプやリフトで肩にかかる力の大きさ

フィギュアスケートのペア競技は、シングルにはない特有の技術要素が含まれています。

代表的なのがスロージャンプ、ツイストリフト、ペアリフトといった技で、いずれも男性が女性の身体を持ち上げたり投げ上げたりする動作を伴います。

特にスロージャンプでは、男性が女性を投げ飛ばす瞬間に、女性の肩や腕に非常に大きな力が加わります。

三浦が脱臼したのも、スロージャンプの助走段階やリフトの最中という場面が多く、これはペア競技特有のリスクといえるでしょう。

加えて、日々の練習でこれらの技を何度も繰り返すため、肩関節への負荷は慢性的に蓄積されていきます。

ペア競技における怪我のリスクは肩だけにとどまらず、肩関節への集中的な負担がりくりゅうの大きな課題となってきたのです。

一度外れると癖になる?反復性脱臼のメカニズム

医学的には、肩の脱臼は一度起こすと再発しやすくなることが広く知られています。

初回の脱臼で関節唇や靭帯が損傷すると、関節の安定性を保つ組織が元通りには戻りにくくなります。

これが「反復性脱臼」と呼ばれる状態で、日常的な動作や軽い衝撃でも肩が外れてしまうケースがあるのです。

三浦は2025年全日本選手権の際に「今季初めての脱臼です」と語っており、裏を返せばシーズンによっては複数回の脱臼が発生していた可能性を示唆しています。

一般的に、スポーツ選手が反復性脱臼を抱えた場合、手術による根本治療か、周囲の筋力強化によるリハビリで安定性を高めるかの選択が求められます。

三浦は手術ではなく、肩関節まわりの筋肉を徹底的に鍛えるトレーニング法を選択し、競技を続けてきました。

脳震盪や腰の怪我も抱えるペア競技のリスク

ペア競技の怪我は、肩の脱臼だけではありません。

高い位置から氷上に落下するリスクを常に伴うため、脳震盪の危険性も指摘されています。

リフトやスロージャンプの失敗時に頭部を打つ可能性があり、世界的に見てもペア競技中の脳震盪は報告されてきました。

また、男性側にも大きな負担がかかります。

木原龍一は2023-24シーズンに腰椎分離症を患い、長期間にわたって腰の痛みと向き合いながら競技を続けていました。

女性を持ち上げる動作が腰に大きな負荷をかけることは想像に難くないでしょう。

このように、ペア競技は男女ともに全身にわたる怪我のリスクを抱えた種目であり、りくりゅうもその例外ではなかったのです。

木原龍一の腰椎分離症とりくりゅうが乗り越えた怪我の歴史

三浦璃来の肩だけでなく、木原龍一もまた深刻な怪我と闘ってきました。

二人が同時期に身体の不調を抱えたシーズンもあり、怪我はペアとしての在り方そのものを問い直すきっかけとなっています。

木原龍一を苦しめた腰の怪我と復帰までの道のり

木原龍一は2023-24シーズンに腰椎分離症を発症しています。

腰椎分離症とは、腰の骨の一部に疲労骨折が起こる状態で、スポーツ選手に多く見られる障害の一つです。

ペア競技の男性スケーターは、リフトやスロージャンプでパートナーの体重を支えながら高速で滑走するため、腰への負担は非常に大きくなります。

木原はこの怪我を抱えながらも競技を継続し、2024年の世界選手権に出場しましたが、結果は2位にとどまりました。

前年に世界王者に輝いていただけに、万全でない状態で臨んだ大会の2位という結果は、本人にとって大きな悔しさを残すものだったと語っています。

二人が同時期に怪我を抱えたシーズンの苦悩

2024-25シーズンは、木原の腰と三浦の肩の両方に不安を抱えたまま始まったシーズンでもありました。

GPファイナルでは前述の通り三浦が脱臼し、フリーで崩れる結果に終わっています。

この時期、木原は自身の腰椎分離症の影響から「完璧にこなさなければ」という過度なプレッシャーを抱えていたと振り返っています。

パートナーが怪我をした際に「僕がカバーしよう」と思える精神的な余裕がなく、動揺を抑えきれない自分への苛立ちも感じていたといいます。

二人がそれぞれ別の怪我を抱え、互いを支え合う余裕を失った時期は、ペアとしての信頼関係の根幹が揺らぎかねない危機的な局面でした。

怪我がメンタルに与えた影響と完璧主義からの脱却

りくりゅうが怪我の連鎖から抜け出す転機となったのは、2024年全日本選手権の後だったとされています。

二人は「二人で滑れるだけで幸せなんだ」という初心に立ち返り、完璧を追い求めすぎていた姿勢を見つめ直しました。

木原は「もっと完璧にこなさないと」と自分を追い込んでいたことが、怪我の場面での対応力を奪っていたと気づいたのです。

この意識の転換が功を奏し、2025年の世界選手権では見事に王者に返り咲きを果たしています。

怪我そのものは防ぎきれない部分がありますが、怪我が起きた時にどう対処するか、パートナーをどう支えるかという精神面での成長が、りくりゅうを一段上のレベルへと押し上げました。

脱臼からどう復帰した?三浦璃来のリハビリとトレーニング改革

三浦璃来は手術に頼らず、リハビリとトレーニングの抜本的な見直しによって脱臼のリスクと向き合ってきました。

2025年全日本選手権でのフリー棄権から、ミラノ五輪に万全の状態で臨むまでの回復過程を見ていきましょう。

全日本選手権フリー棄権から練習再開までの経緯

2025年12月21日、全日本選手権のフリーを左肩脱臼のため棄権した三浦璃来。

朝の公式練習にも姿を見せず、日本スケート連盟から正式に負傷による欠場が発表されました。

全日本選手権の結果を受けてミラノ・コルティナ五輪の日本代表には選出されたものの、フリーを滑れなかった悔しさは大きかったと本人も語っています。

練習再開はおよそ1週間後の12月27日頃で、マルコットコーチが共同通信に対して復帰を報告しました。

大会後の段階で「来週から復帰できる」との見通しが示されていた通り、比較的早いタイミングでの練習再開となりました。

肩関節まわりの筋肉を強化するトレーニング法の見直し

三浦のリハビリの核となったのは、肩関節を支える周囲の筋肉を強化するトレーニングの全面的な見直しです。

従来も再発防止のためのトレーニングは行っていたものの、全日本選手権での再発を受けて方法そのものを根本から変更しました。

具体的には、肩関節の安定性を担うローテーターカフ(回旋筋腱板)やその周辺の筋群を集中的に鍛えるプログラムが組まれたとされています。

三浦は「周りの筋肉で補強してて、フッ!って感じです」と独特の表現で肩の安定感を語っており、従来とは異なるアプローチで成果を実感していることがうかがえます。

リハビリ期間はわずか1か月余りでしたが、この短期間でトレーニング法を切り替え、競技復帰にまで持っていった集中力と対応力は注目に値するでしょう。

「人生で一番肩が強い」と語った復帰後のコンディション

2026年2月3日、ミラノ五輪の現地で行われた初練習で、三浦は「心配なく練習できている」「けがをしてから自分の人生で一番肩が強い」と明言しました。

木原龍一も「この7年間で今がベストな状態」と語り、パートナーの回復に全幅の信頼を寄せている様子がうかがえました。

また木原は、脱臼直後は三浦の肩をグリップする際に不安を感じていたものの、トレーニングの成果を目の当たりにして安心感を取り戻したとも述べています。

怪我から復帰しただけでなく、怪我をする前よりも強い状態にまで持っていったことが、ミラノ五輪での圧巻の演技につながったといえるのではないでしょうか。

ミラノ五輪で脱臼の試練を超えた逆転金メダルの全記録

2026年2月16日、ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペア。

りくりゅうはショートプログラムで5位と出遅れながらも、フリーで世界歴代最高得点を叩き出し、日本ペア史上初の金メダルを獲得しました。

SP5位からの出発とリフトミスの原因

ショートプログラムでは、りくりゅうはリフトの場面でミスが出て73.11点にとどまりました。

首位との差は6.9点、順位は5位と、金メダル候補の下馬評からすれば想定外の出遅れだったといえます。

万全の準備で臨んだはずの舞台で、二人の動きにわずかなすれ違いが生じたことがリフトの乱れにつながったと報じられています。

特に木原はこのSP後、精神的に大きく落ち込み、「泣くことはあまりないのに、ずっと涙が止まらなかった」と振り返っています。

人生でもめったにないほど動揺した状態で、翌日のフリーまでの時間を過ごすことになりました。

フリー世界歴代最高158.13点が生まれた舞台裏

フリー当日の朝まで木原は涙が止まらない状態が続いていたといいます。

三浦は「朝からもう龍一君の泣いてる姿をずっと見てた」と明かしており、ウォーミングアップ中も泣き続ける木原に「今はどういう気持ちで泣いてるの?」と尋ねたそうです。

木原が「何で泣いてるのかわからない」と答えると、三浦は「赤ちゃんかい」とツッコミを入れたというエピソードが二人の記者会見で語られました。

こうしたやり取りの中で木原は徐々に気持ちを立て直し、演技に臨んでいます。

フリーの演技は、技術点82.73、演技構成点75.40、減点ゼロという完璧な内容でした。

158.13点はペア・フリーの世界歴代最高得点を更新する記録で、合計231.24点は2位のジョージア・メテルキナ/ベルラワ組に9.49点の大差をつけるものです。

SP5位からの逆転は、現行の採点システムにおいて最大点差からの逆転優勝として記録されました。

種目 得点 備考
ショートプログラム 73.11点 5位発進、首位と6.9点差
フリースケーティング 158.13点 世界歴代最高得点を更新
合計 231.24点 金メダル、2位に9.49点差

「魔法を起こしなさい」コーチの言葉と二人の絆

りくりゅうを精神的に支えたのは、パートナー同士の信頼に加え、ブルーノ・マルコットコーチの言葉でした。

SP後に動揺が残る二人に対し、マルコットコーチは「9回裏2アウト取られるまで試合は終わらない。

だからまだ試合は終わってないんだ」と野球にたとえて鼓舞しています。

さらにフリー直前には「今日は今日。

魔法を起こしなさい。

心で滑りなさい」と伝えたことが明かされています。

三浦もまた、「まだ終わってない。

悔しい気持ちがあるなら絶対大丈夫」と木原に強い言葉を投げかけました。

二人で2022年夏からの怪我、GPファイナルでの崩壊、全日本選手権での脱臼と棄権を乗り越えてきた経験の蓄積が、最大の逆境で最高の演技を引き出す原動力になったのです。

日本のペア種目では初めてとなる五輪メダルが、しかも金メダルであったという事実は、りくりゅうが積み重ねてきた試練の重さを物語っています。

りくりゅうの脱臼に関するよくある疑問まとめ

りくりゅうの脱臼については、多くのファンや視聴者から様々な疑問の声が上がっています。

ここでは、よく寄せられる疑問について、現時点で分かっている情報を整理してお伝えします。

三浦璃来の肩は完治しているのか?

三浦璃来の左肩が医学的に「完治」したかどうかは、公式に明言されていません。

ただし、2026年2月の五輪現地入り後の会見で「心配なく練習できている」「人生で一番肩が強い」と本人が語っていることから、競技に支障のないレベルまで回復したことは確かです。

一般的に、反復性脱臼は手術なしでの完全な根治が難しいとされています。

しかし、肩周辺の筋力を十分に強化することで関節の安定性を高め、実質的に脱臼のリスクを大幅に低減することは可能です。

三浦はこの筋力強化のアプローチによって、五輪本番で減点ゼロの完璧な演技を実現しました。

脱臼を抱えたまま競技を続けるリスクはないのか?

脱臼を繰り返しながら競技を続けることには、当然ながらリスクが伴います。

再発のたびに関節を支える組織がさらに損傷する可能性があるほか、無意識に肩をかばう動作が他の部位への負担増加につながることも懸念されます。

実際に、三浦は脱臼の影響でテーピングが必要となり、2025年にはシーズン途中で衣装を変更するという対応も行いました。

ペア競技では脳震盪や腰椎の怪我といった他のリスクも存在するため、肩のコンディション管理は総合的な身体管理の一環として位置づけられています。

現時点では三浦のトレーニング改革が功を奏していますが、今後も継続的なケアが不可欠であることに変わりはないでしょう。

今後のシーズンに向けた怪我の再発防止策とは?

三浦が実践しているのは、肩関節まわりの筋肉を集中的に強化するリハビリを兼ねたトレーニングです。

全日本選手権での脱臼を機にトレーニング法を全面的に見直し、従来とは異なるアプローチを導入したことで、わずか1か月余りで「怪我前より強い」と語るまでの回復を遂げました。

今後のシーズンに向けては、このトレーニングの継続に加え、練習中の安全管理やトレーナーの帯同体制の維持が重要になると考えられます。

全日本選手権でリンクサイドにトレーナーがいたからこそ、即座に肩を入れ直して演技に臨めたという事実は、サポート体制の充実が怪我との共存において欠かせない要素であることを示しています。

りくりゅうがミラノ五輪で証明したのは、怪我を完全になくすことではなく、怪我と向き合いながらも最高のパフォーマンスを発揮できる体制を構築する力だったのではないでしょうか。

まとめ:りくりゅうの脱臼と怪我を乗り越えた金メダルへの道

  • 三浦璃来の左肩脱臼は2022年夏に始まった古傷が原点である
  • 肩の脱臼は2024年GPファイナル、2025年全日本選手権など複数回にわたり再発している
  • ペア競技のスロージャンプやリフトは肩関節に大きな負荷をかけ、反復性脱臼の一因となる
  • 木原龍一も2023-24シーズンに腰椎分離症を患い、二人同時に怪我を抱えた時期があった
  • GPファイナルでの失敗を経て「二人で滑れるだけで幸せ」という原点に立ち返ったことが転機となった
  • 全日本選手権ではSP直前の6分間練習で脱臼しながらも84.91点で首位に立ったが、フリーは棄権した
  • リハビリでは肩関節まわりの筋肉強化トレーニングを全面的に見直し、約1か月で競技復帰を果たした
  • ミラノ五輪ではSP5位から逆転し、フリー世界歴代最高の158.13点、合計231.24点で金メダルを獲得した
  • 日本のフィギュアスケート・ペア種目において史上初のメダルが金メダルという快挙である
  • コーチやパートナーとの信頼関係、そしてサポート体制の充実が怪我を乗り越える最大の力となった
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