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りくりゅうの四大陸選手権全成績まとめ|初出場から頂点への軌跡

フィギュアスケートのペア競技で日本の歴史を塗り替え続ける「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一組。

2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、ショートプログラム5位からフリーで世界歴代最高得点を叩き出し、逆転での金メダル獲得という劇的な快挙を成し遂げました。

しかし、2人がここに至るまでの道のりは決して平坦ではありません。

四大陸選手権での歩みを振り返ると、初出場での8位から始まり、酸素が薄いコロラドの高地で苦しみながらの優勝、腰椎分離症からの復帰戦での準優勝、そして2025年大会での完全復活と、まさにドラマの連続でした。

この記事では、りくりゅうが四大陸選手権で残してきた全成績を時系列で振り返りながら、各大会の演技内容や技術的な強み、ライバルとの勢力図、そして五輪金メダルへとつながった戦略までを網羅的に解説していきます。

目次

りくりゅうが四大陸選手権で残した全成績と得点推移

りくりゅうは四大陸選手権に過去4回出場しており、初出場の8位から2度の優勝まで、大会ごとに大きな飛躍を遂げてきました。

以下の表に、全成績を一覧でまとめています。

大会年 開催地 SP得点(順位) FS得点(順位) 合計得点 最終順位
2020年 ソウル(韓国) 167.50点 8位
2023年 コロラドスプリングス(米国) 71.19点(1位) 137.05点(1位) 208.24点 優勝
2024年 上海(中国) 65.61点(2位) 190.77点 2位
2025年 ソウル(韓国) 74.73点(1位) 142.59点(1位) 217.32点 優勝

得点の推移を見るだけでも、2人の成長がいかに目覚ましいものだったかが分かるでしょう。

ここからは、各大会の詳細を順に振り返っていきます。

2020年ソウル大会で初出場8位からスタートした原点

りくりゅうの四大陸選手権デビューは、2020年の韓国・ソウル大会でした。

ペアを結成してからわずか約5カ月という段階での国際選手権出場であり、合計167.50点で8位という結果に終わっています。

当時の2人はまだ連係の精度を高めている途上にあり、世界のトップペアとは大きな差がありました。

しかし木原は後に「あの大会で8位になったとき、いつか記者会見に出られるような選手になりたいと思っていた」と振り返っており、この経験が2人の出発点になったことは間違いありません。

結成直後にもかかわらず国際舞台に立ったことで、世界基準を肌で感じ取れたことが、その後の飛躍につながっていきます。

2023年コロラド大会で日本ペア史上初の優勝を達成

2023年の四大陸選手権は、アメリカ・コロラドスプリングスで開催されました。

りくりゅうはショートプログラムで71.19点を記録して首位に立ち、フリーでも137.05点でトップをキープ。

合計208.24点で2位のアメリカペアに約7点差をつけ、日本人ペアとして四大陸選手権史上初の優勝を飾りました。

フリーでは「I Lived」の楽曲に乗せてツイストリフトやデススパイラルを次々と決め、後半には笑顔で滑る余裕すら見せています。

ただし、この大会では標高約1,800メートルという環境が選手たちに大きな試練を与えました。

この点については後のセクションで詳しく解説します。

2024年上海大会は腰椎分離症からの復帰戦で準優勝

2023年夏以降、木原が腰椎分離症と診断されたことで、りくりゅうは長い戦線離脱を余儀なくされました。

グランプリシリーズ全戦と全日本選手権を欠場し、約5カ月ぶりの実戦復帰の舞台となったのが2024年の四大陸選手権・上海大会です。

ショートプログラムは65.61点で2位、フリーではジャンプにミスが出たものの、得意のリフトやスロー3回転ルッツで得点を確保しました。

合計190.77点で準優勝という結果は、万全とは言えない状態を考慮すれば十分な成果だったと言えるでしょう。

三浦が「ケガなく終われて良かった」と語った言葉からも、この大会の位置づけが「勝利」よりも「復帰の確認」にあったことが伝わってきます。

2025年ソウル大会で2年ぶり2度目の優勝を飾った演技内容

2025年の四大陸選手権は再び韓国・ソウルで開催され、りくりゅうは圧巻の内容で2年ぶり2度目の優勝を果たしました。

ショートプログラムでは74.73点を記録し、2位以下に4.41点という大差をつけています。

演技構成点では全ジャッジからナンバーワンの評価を受けるなど、技術・表現の両面で他を圧倒しました。

フリーでも142.59点で首位を守り、合計217.32点での完全優勝です。

2位のカナダ・ステラートデュデク組とは6.40点差がついており、王者の貫禄を見せつける結果となりました。

初出場で8位に終わった5年前と同じ会場での優勝に、三浦は「正直、こうした結果を残せる日が来ることを想像していなかった」と感慨を込めています。

2023年四大陸のコロラド開催で問題になった標高と酸素の影響とは

2023年大会の開催地コロラドスプリングスは、標高約1,800メートルに位置する高地都市です。

この環境が選手たちの身体に深刻な影響を及ぼし、大会全体を通じて大きな話題となりました。

標高約1800mの会場が選手の体力に与えた深刻な影響

コロラドスプリングスの会場は、平地と比較して酸素濃度が明らかに低い環境にあります。

演技時間が長いフリースケーティングでは、多くの選手が終盤に動きが鈍くなり、演技を終えた直後にリンク上に倒れ込んだり、四つん這いになったりする光景が続出しました。

ペア競技ではリフトやスロージャンプなど、男性選手が大きな体力を消耗する技が多く含まれます。

標高の高い環境では肺に十分な空気が入りにくくなるため、通常以上に身体への負担が増すことになるのです。

木原も「肺に空気が入ってこない感じで、過呼吸みたいになった」と当時の状況を説明しています。

海外メディアの中には「肺にガラスが刺さるような感覚」と表現したものもあり、選手にとっていかに過酷な環境だったかが窺えます。

演技後に崩れ落ちたりくりゅうが語った「人生で一番きつい試合」

この過酷な条件下で、りくりゅうはショートプログラム・フリーともに1位を獲得しています。

フリーの演技を終えた瞬間、2人はリンク上に膝から崩れ落ちました。

特に木原の消耗は激しく、キス&クライまで這うようにして移動したほどです。

三浦はこの大会を「スケート人生で一番きつかった」と振り返りました。

国内外のファンからは「酸欠状態で崩れ落ちる姿に感動した」「あの環境で優勝するのは凄すぎる」といった声が数多く寄せられています。

海外メディアは「今季、ミウラとキハラを止めたのは天候だけだった」と、皮肉を込めつつも最大限の称賛を送りました。

高地開催の四大陸選手権から得た教訓とその後の対策

2023年大会では酸素ボンベがリンクサイドに用意されていなかったことも問題視されました。

この経験はりくりゅうにとって、体力マネジメントの重要性を改めて認識する機会となっています。

それ以降のシーズンでは、全日本選手権後にカナダで集中的なフィジカルトレーニングを行い、後半でもスピードを落とさないための持久力強化に取り組んできました。

2025年の四大陸優勝時に見せた「最後まで切れのある演技」は、コロラドでの苦しい経験が下地になっていると言えるでしょう。

高地での試練を乗り越えたことが、2人の精神的なタフさと身体的な完成度を一段階引き上げたのです。

りくりゅうの四大陸優勝を支えた技術的な強みと演技の特徴

りくりゅうが四大陸選手権で2度の優勝を果たせた背景には、他のペアにはない明確な技術的優位性があります。

複数の専門家が共通して指摘するポイントを整理していきましょう。

他のペアを圧倒するスケーティングスピードとユニゾンの秘密

りくりゅうの最大の武器として広く認識されているのが、圧倒的なスケーティングスピードと2人の動きの一体感(ユニゾン)です。

一般的にペア競技では、リフトやスロージャンプの前に選手がスピードを落とす場面が見られます。

しかし、りくりゅうはシングル選手と遜色ないスピードを保ったまま技に入ることができるのが大きな特徴です。

ユニゾンの精度については、7年間にわたるペア生活で築いた「阿吽の呼吸」によるものとされています。

2人の動きが完全に同期しているからこそ、スピードを上げても崩れない安定感が生まれるわけです。

フィギュアスケートの解説では「スピードとユニゾンの両立がりくりゅう最大の強み」と繰り返し評されています。

世界最高評価を受けるリフト技術と小柄な体格を活かした独自性

リフトは、りくりゅうの得点源であると同時に演技のハイライトでもあります。

コーチのブルーノ・マルコット氏は「芸術的なリフトはGOE(出来栄え点)プラス6に値する」と評価しており、実際に多くの大会で最高レベルの加点を獲得してきました。

三浦の身長は145センチ、木原は175センチと、ペア競技の世界では極めて小柄な組み合わせです。

ミラノ五輪の表彰台では、銀メダルのジョージアペアとほぼ同じ目線の高さになったことが話題になりました。

しかし、この体格差を逆に武器として活用しています。

三浦の軽さを活かした高く美しい空中姿勢は、大柄なペアには出せない独自の魅力となっているのです。

演技構成点で全ジャッジ1位を獲得できる表現力の源泉

りくりゅうの演技には「多幸感」があると広く評されています。

明るいオーラと自然な笑顔が溢れるスタイルは、技術だけでは測れない演技全体の説得力を生み出す要素です。

2025年の四大陸選手権ショートプログラムでは、演技構成点で全ジャッジから1位評価を受けました。

この表現力は一朝一夕で身につくものではなく、7年間の信頼関係の上に成り立っています。

木原は結成当初「僕を好きにならないでいい」と三浦に伝えたとされており、競技パートナーとしての関係性を最優先に築いてきたことが知られています。

「解決はその日のうちに」というルールを設けるなど、2人の間に積み上げてきた信頼こそが、ジャッジの心を動かす表現力の土台になっていると言えるでしょう。

四大陸選手権の2025年大会で話題になったハプニングと舞台裏

2025年のソウル大会は圧勝劇だけでなく、演技中のハプニングや感動的なエピソードでも注目を集めました。

フィニッシュポーズで方向を間違えたエピソードの真相

2025年四大陸選手権のフリー演技で、りくりゅうはシーズンベストの内容を披露しました。

しかし、演技終了間際にちょっとしたハプニングが起きています。

エンディング直前のスピンで回りすぎてしまい、本来ジャッジ側を向いて終わるはずのフィニッシュポーズが反対方向を向いてしまったのです。

三浦はその場で手を叩いて大爆笑し、木原は頭を抱えて苦笑いを浮かべました。

「ジャッジと目が合って笑って終わるはずだったのに」と木原が語ったこのエピソードは、2人の仲の良さや飾らない人柄を象徴するものとして、ファンの間で大きな話題になっています。

得点や順位には影響のないミスでしたが、完璧な演技のあとに見せた人間味あふれる一幕が、りくりゅうが愛される理由の一つと言えるかもしれません。

5年前と同じソウルの会場で見せた成長と三浦璃来の涙のコメント

2025年の四大陸が開催されたソウルの木洞総合運動場は、りくりゅうが2020年に初出場した会場と同じ場所です。

5年前には167.50点で8位だった2人が、217.32点で頂点に立ったことの意味は計り知れません。

三浦は「初めて出場した四大陸選手権がこの韓国の会場だった。

正直、今日のような結果を残せる日が来ることを想像していなかった」と語り、感慨深い表情を見せました。

木原もまた「璃来ちゃんがいないと今の自分はない」と、パートナーへの感謝を口にしています。

初出場から5年間で約50点の成長を遂げたという事実が、2人の歩みの凄みを物語っています。

全日本選手権後にカナダで取り組んだ体作りの効果

2025年四大陸での完全優勝を支えたのは、シーズン中盤に行った肉体改造でした。

2024年12月の全日本選手権以降、2人はカナダの練習拠点で約2カ月にわたる集中トレーニングを実施しています。

特に注力したのは、リフトの安定性を高めるための体幹強化です。

木原は腰椎分離症の既往歴があるため、2人分の体重を支える男性側の身体づくりが重要課題でした。

日本の町工場が開発した特製ブレードの導入も含め、器具面での工夫も行われています。

この取り組みの成果は明確で、大会ではリフトの安定感が格段に増したと評価されました。

カナダでの地道なトレーニングが、2025年四大陸の優勝とその後の五輪金メダルにつながったのです。

りくりゅうは四大陸から五輪金メダルへどうつながったのか

りくりゅうのキャリアにおいて、四大陸選手権は単なる一大会にとどまらない重要な位置を占めています。

五輪金メダルへの道筋を、四大陸との関連で読み解いていきましょう。

四大陸選手権が年間グランドスラム達成の鍵になった理由

2022-23シーズン、りくりゅうはグランプリファイナル、四大陸選手権、世界選手権の主要3大会すべてを制し、日本ペアとして初の年間グランドスラムを達成しました。

この偉業において四大陸選手権は、シーズン中盤に位置する重要な試金石の役割を果たしています。

グランプリファイナル優勝の勢いを維持しながら、世界選手権に向けたプログラムの仕上げを行う場として、四大陸での実戦経験は欠かせませんでした。

コロラドの高地という過酷な条件で優勝できたことは、翌月の世界選手権に臨む上での大きな自信にもなったはずです。

四大陸選手権がなければ、年間グランドスラムという歴史的偉業は成立しなかったと言っても過言ではありません。

2026年の四大陸に出場せずミラノ五輪を優先した戦略的判断

2026年の四大陸選手権は1月に中国・北京で開催されましたが、りくりゅうはこの大会にエントリーしていません。

2月のミラノ・コルティナ五輪に向けた調整を最優先とする戦略的な判断でした。

五輪シーズンにおいて、本番直前の大会出場は怪我のリスクや体力の消耗につながる可能性があります。

2024-25シーズンの四大陸で優勝を果たし、続く世界選手権でも優勝している2人にとって、改めて四大陸で実績を証明する必要はありませんでした。

この決断はカナダでの集中トレーニングに時間を充てることを可能にし、結果として五輪本番での世界最高得点につながっています。

出場しないという選択もまた、勝つための重要な戦略だったのです。

SP5位からフリー世界最高得点で逆転した五輪本番のドラマ

2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、四大陸選手権で積み重ねてきた経験と実力が最も劇的な形で発揮されました。

ショートプログラムでは得意のリフトで持ち替え時のタイミングが合わないミスが発生し、73.11点で5位という苦しい発進となっています。

自己ベストと比較してリフトだけで約6点のマイナスとなり、三浦は「阿吽の呼吸が少しずれてしまった」と語りました。

しかし翌日のフリーで2人は完全に立て直します。

技術点82.73点、演技構成点75.40点、減点ゼロという圧巻の内容で、フリー158.13点という世界歴代最高得点を叩き出しました。

合計231.24点で逆転し、日本フィギュアスケート史上初のペア金メダルを手にしています。

この逆転劇は、四大陸選手権の舞台で何度も困難を乗り越えてきた経験がなければ成し得なかったものでしょう。

りくりゅうのライバルたちと四大陸選手権での勢力図

りくりゅうの四大陸選手権での活躍をより深く理解するためには、ライバルペアとの関係性を知ることが重要です。

練習拠点が同じカナダのステラートデュデク組との関係性

カナダのディアナ・ステラートデュデク/マキシム・デシャン組は、りくりゅうにとって最も身近なライバルの一つです。

両組ともカナダを練習拠点としており、日常的に切磋琢磨する関係にあります。

四大陸選手権での対戦成績を見ると、2024年上海大会ではステラートデュデク組が優勝し、りくりゅうは2位に甘んじました。

翌2025年のソウル大会では立場が逆転し、りくりゅうが約6点差で上回っています。

同じ環境で練習しているからこそ互いの手の内を知り尽くしており、どちらがコンディションを高い水準で保てるかが勝敗を分ける要因となっています。

ミラノ五輪で銀メダルを獲得したジョージアペアの実力

ジョージアのアナスタシア・メテルキナ/ルカ・ベルラワ組は、2025-26シーズンに急速に力をつけた新鋭ペアです。

2026年の欧州選手権を制しており、ミラノ五輪のショートプログラムでは2位につける実力を見せました。

五輪のフリーでも高い完成度の演技を披露し、合計221.75点で銀メダルを獲得しています。

りくりゅうとの差は9.49点でしたが、メテルキナは「りくりゅうは本当に素晴らしい」と称賛の言葉を口にしました。

四大陸選手権にはヨーロッパの選手は出場できないため、両組が直接対戦するのはグランプリシリーズや世界選手権、五輪に限られる点も注目すべきポイントです。

採点の妥当性に対する海外の反応と専門家の見解

りくりゅうがミラノ五輪で記録した158.13点というフリーの得点に対し、一部で「採点が高すぎるのではないか」という声が上がったことも事実です。

ロシアの元ペア王者からの批判的な意見が報じられたほか、中国のSNS上でも「採点水増し」を疑う声が見られました。

しかし、実際に演技を見たファンや関係者の多くは反論の姿勢を示しています。

銀メダルのジョージアペアや銅メダルのドイツペアも「彼らは得点に値する」とコメントしました。

中国のファンの間でも「試合を見れば分かる」「このペアが大好き」と擁護する意見が多数を占めたとされています。

専門的な観点からは、りくりゅうのスケーティングスピード、リフトの芸術性、プログラム全体の密度が他のペアと一線を画していることが、高得点の根拠として挙げられています。

りくりゅうの四大陸選手権に関するよくある疑問

最後に、りくりゅうと四大陸選手権に関して多くの方が疑問に思うポイントをまとめて解説します。

四大陸選手権の歴代成績を時系列で振り返ると何がわかる?

りくりゅうの四大陸選手権における歴代成績を時系列で並べると、2人の成長の軌跡が鮮明に浮かび上がります。

2020年の167.50点から2025年の217.32点まで、合計得点は約50点もの上昇を遂げました。

特に注目すべきは、故障からの復帰戦だった2024年大会を除けば、毎回着実に得点を伸ばしている点です。

大きな挫折を経験するたびに、それを糧にして次の大会でより高い水準に到達するという、右肩上がりの成長曲線が見て取れます。

四大陸選手権の成績は、りくりゅうが世界のトップペアへと駆け上がっていく過程を最もよく映し出した鏡と言えるでしょう。

りくりゅうが使用したプログラム曲は大会ごとに違う?

りくりゅうはシーズンごとにプログラム曲を変更しており、四大陸選手権で使用した楽曲も大会によって異なります。

2023年のコロラド大会ではフリーに「I Lived」を使用し、エネルギッシュな演技で観客を沸かせました。

2024-25シーズンおよび2025-26シーズンのショートプログラムには、ローリング・ストーンズの「Paint It Black」を2季連続で採用しています。

木原が「自分たちがすごく自信を持っているプログラム」と語るこの楽曲は、不穏な旋律と黒い衣装が醸し出すミステリアスな世界観が特徴です。

振付はシェイ=リーン・ボーンが手がけており、りくりゅうの新たな表現の幅を引き出す楽曲選びがなされていると言えるでしょう。

ゴールデンスラム達成における四大陸優勝の位置づけとは?

ゴールデンスラムとは、国際スケート連盟主催の主要4大会(世界選手権、四大陸選手権、グランプリファイナル、オリンピック)をキャリアを通じてすべて制覇することを指します。

りくりゅうは2022年にグランプリファイナル、2023年に四大陸選手権と世界選手権をそれぞれ初制覇し、残るオリンピックのみという状態でした。

そして2026年のミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得したことで、ゴールデンスラムを達成しています。

日本のフィギュアスケート選手としては羽生結弦以来2例目の偉業です。

つまり、2023年の四大陸優勝がなければゴールデンスラムは成立しておらず、この大会での勝利がキャリア全体を語る上で欠かせないピースとなっていることが分かります。

まとめ:りくりゅうの四大陸選手権が教えてくれる成長の物語

  • りくりゅうは四大陸選手権に4回出場し、8位、優勝、2位、優勝という成績を残した
  • 2020年ソウル大会での初出場8位がペアとしてのキャリアの出発点である
  • 2023年コロラド大会では標高約1,800メートルの酸素が薄い環境で酸欠に苦しみながらも日本ペア史上初の優勝を達成した
  • 2024年上海大会は木原の腰椎分離症からの復帰戦であり、準優勝で復活の兆しを示した
  • 2025年ソウル大会では合計217.32点で2年ぶりの優勝を果たし、五輪シーズンへの完全復活を印象づけた
  • スケーティングスピード、ユニゾン、リフトの芸術性が他のペアを圧倒する最大の技術的強みである
  • 四大陸選手権での優勝は年間グランドスラムおよびゴールデンスラム達成に不可欠なピースだった
  • 2026年大会には五輪調整を優先して不出場とし、結果的にミラノ五輪金メダルにつながる戦略的判断となった
  • ミラノ五輪ではSP5位からフリー世界歴代最高158.13点を記録し、合計231.24点で逆転金メダルを獲得した
  • 四大陸選手権での歩みは、りくりゅうが困難を乗り越えるたびに強くなっていった成長の証である
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