競泳の小島夢貴選手の父親は、元競泳日本代表の小島貴光(こじま・たかみつ)さんです。自由形の選手としてパンパシフィック選手権や世界大会に出場し、夢貴選手が幼い頃には泳ぎを教えていました。
一方、母親や兄弟については、2026年9月21日時点で本人や公式媒体から具体的なプロフィールは公表されていません。家族では祖父母の支えも大きく、祖母が食事面から夢貴選手の体づくりを支えていることが明かされています。
小島夢貴の父親は元日本代表の小島貴光
小島夢貴選手の父・小島貴光さんは、自由形で活躍した元競泳選手です。
| 名前 | 小島貴光(こじま・たかみつ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1981年5月25日 |
| 出身 | 愛知県 |
| 現役時代の種目 | 自由形 |
| 主な日本代表歴 | 2006年パンパシフィック選手権、2006年アジア大会、2007年世界選手権など |
日本水泳連盟の記録では、貴光さんは2006年のパンパシフィック選手権に日本代表として出場。200m自由形や100m自由形などを泳いでいます。
テレビ朝日が公開している2007年当時の選手プロフィールでも、男子自由形の日本代表選手として掲載されています。当時の所属はコナミ東日本で、身長は182cmでした。
日刊スポーツは貴光さんについて、2007年世界選手権の代表だった元競泳選手と紹介しています。夢貴選手が現在の日本代表レベルまで成長した背景には、父親自身の豊富な競技経験がありました。
父親の影響で水泳を始め、小中学生の頃には直接指導も
夢貴選手は父・貴光さんの影響を受けて幼い頃から水泳を始めています。
テレビ朝日の『GET SPORTS』特集では、夢貴選手自身が、小中学生の頃に父親と市民プールへ行き、泳ぎを教えてもらっていたと明かしています。現在でも貴光さんから泳ぎについて提案を受けることがあるそうです。
父親は単に「元選手」というだけでなく、夢貴選手にとって身近な水泳の先輩でもあることが分かります。
そして「夢貴」という名前にも父親とのつながりがあります。テレビ朝日の取材によると、父・貴光さんの「貴」の一文字と、託された夢への思いを込めて名付けられたとされています。
夢貴選手は小学生の頃の作文に、父親が叶えられなかったオリンピック出場の夢を自分が叶えたいという思いを書いていました。
2026年には、その父が20年前に出場したパンパシフィック選手権へ夢貴選手も日本代表として出場。男子200m背泳ぎで優勝し、親子二代で同じ国際大会の舞台に立つことになりました。日刊スポーツによると、帰国後にメダルを父の胸にかけた際、貴光さんから「すごいな」と声をかけられたそうです。
小島夢貴の母親や兄弟は?
小島夢貴選手の母親や兄弟について、具体的な名前や経歴などは公表されていません。
2026年9月21日時点で確認できる本人・競技団体・テレビ局などの公開情報では、父親や祖父母については詳しいエピソードが紹介されていますが、母親や兄弟に関する詳しい情報は見当たりません。
なお、テレビ朝日の2007年のプロフィールには、父・貴光さん自身の「家族構成」として「父・母・兄・姉・祖母」と記載されています。これは貴光さんの当時の家族構成であり、夢貴選手に兄や姉がいるという意味ではありません。
そのため、父親の過去のプロフィールを根拠に夢貴選手の兄弟構成を推測することはできません。
祖母の料理も小島夢貴の体づくりを支えている
夢貴選手の家族については、祖父母との関係も明らかになっています。
豊川高校では寮生活をしていますが、テレビ朝日の取材によると、学校の許可を得て高校近くにある祖父母の家で毎晩食事をとっています。
好き嫌いが多い夢貴選手のため、祖母は食べやすいメニューを工夫。夢貴選手自身も、祖母の食事を食べるようになってから体重が増え、しっかりした体を作ってもらったと感謝を語っています。
父親からは競泳選手としての経験や夢を受け継ぎ、祖母からは日々の食事で支えてもらう。世界ジュニア記録を更新し、2026年9月20日のアジア大会200m個人メドレーでも銀メダルを獲得した夢貴選手の成長には、こうした家族の支えがあることが分かります。
まとめ
小島夢貴選手の父親は、自由形で日本代表として活躍した小島貴光さんです。幼い頃から父に泳ぎを教わり、父が届かなかったオリンピックを目指す思いは、小学生の頃から変わっていません。
母親や兄弟については、現時点で詳しい公表情報はありません。一方で、父親だけでなく祖父母も競技生活を支えており、小島夢貴選手にとって家族の存在が大きな力になっていることは、本人や家族への取材から確認できます。

