「森本毅郎さんは今どうしているのだろう」「ラジオを休んでいた理由は何だったのか」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
2025年12月から約50日間にわたりレギュラー番組を休演していた森本毅郎さんが、2026年2月2日についにスタジオ復帰を果たしました。
86歳という高齢での肺炎は命に関わる重篤な病気であり、本人も「命の危険を感じた」と振り返っています。
この記事では、森本毅郎さんの現在の健康状態から、入院中の闘病生活の詳細、今後の番組継続の見通しまで、最新情報を網羅的にお伝えします。
プロフィールや経歴、過去の体調不良歴、終活に関する発言なども含めて、森本毅郎さんに関する疑問にすべてお答えしていきます。
森本毅郎の現在|2026年2月最新情報
肺炎から約50日ぶりにラジオ復帰(2026年2月2日)
森本毅郎さんは2026年2月2日、TBSラジオ『森本毅郎・スタンバイ!』にスタジオ生出演し、約53日ぶりの完全復帰を果たしました。
番組冒頭では「おはようございます。森本毅郎です。久しぶりにスタジオに戻ってまいりました」と挨拶し、多くのリスナーを安心させています。
森本さんは「高齢者にとって肺炎というのは重い病気でね。どうも命拾いしたかなっていう実感がある」と、今回の入院がいかに深刻だったかを率直に語りました。
放送60年以上のキャリアを持つ森本さんですが、「50日以上の休養は初めての経験」とのことで、今回の闘病がこれまでにない試練だったことがうかがえます。
復帰時点では「声がまだ本調子じゃないかもしれません」と述べており、ステロイド治療の影響が残っている状態での復帰となりました。
「命の危険を感じた」入院中の壮絶な闘病生活
森本さんは入院中の状況について、番組内で生々しく振り返っています。
最も症状が悪化した時期には過呼吸のような状態に陥り、「息が吸いたくても吸えない」という恐怖を味わったそうです。
森本さんは「もう終わりかな、と思いましたよ。やっぱり命の危険をちょっと感じました」と、死を覚悟した瞬間があったことを明かしました。
入院中は薬との格闘も続きました。
治療に使用したステロイドは強力な味方である一方、体の弱いところを攻撃する「もろ刃の刃」だと森本さんは表現しています。
副作用との攻防戦も厳しく、闘病生活は想像を絶する過酷なものだったことが伝わってきます。
パルス療法とステロイド治療の詳細
森本さんが受けた治療の中心は「パルス療法」と呼ばれる集中的なステロイド投与でした。
パルス療法とは、1日1000ミリという大量のステロイドを一気に体内に投入する治療法です。
森本さんは「体に爆弾を落とすようなもの」と例え、これを3日間連続で行ったと説明しています。
この時期が最も命の危機を感じた瞬間だったそうです。
パルス療法後はステロイドの量を60ミリに減らしましたが、60ミリでも一般的には多い投与量とされています。
ステロイドは炎症を止める効果はあるものの、肺炎自体を治すわけではないため、少しずつ減薬していく必要があります。
急に減らすと再発のリスクがあるため、治療には長い時間がかかりました。
森本毅郎が休んでいた理由|肺炎の経過と再入院
2025年12月に発症したウイルス性肺炎とは
森本さんは2025年12月上旬にウイルス性肺炎を発症しました。
最初は発熱などの症状から始まり、12月12日の放送から番組を休演することになります。
12月15日には代役を務めた土井敏之アナウンサーから、肺炎の治療のために休んでいることが説明されました。
当初は「経過は良好」とも伝えられており、早期の復帰が期待されていた時期もあります。
しかし、高齢者の肺炎は予断を許さない病気であり、その後の経過は厳しいものとなりました。
一度退院後に再入院した理由
森本さんは最初の入院から約1週間で快方に向かい、一度退院しています。
しかし本人曰く「この退院がヤバかった」とのことで、退院後に症状が再燃してしまいました。
肺の中の肺胞に炎症の塊が居座ったままの状態だったのです。
結果として再入院を余儀なくされ、治療は長期化することになりました。
2026年1月5日には病室から電話で番組に生出演し、「まだ肺炎の治療中で入院中なんです」と報告しています。
この時点では快方に向かっているとしながらも、退院の見通しは立っていない状況でした。
「炎症が暴走する」肺炎の特徴と治療法
森本さんの肺炎は、当初のウイルス性肺炎から性質が変化したことが特徴的でした。
「だんだん性格が、肺炎が変わるんですね」と森本さんは説明しています。
最終的には「炎症が暴走する」という形で、自分の体の中の弱いところを攻撃し、そこに居座るタイプの肺炎に移行しました。
このような肺炎は通常の抗生物質では効果が薄く、ステロイドによる炎症抑制が主な治療法となります。
点滴によるステロイド投与を続け、炎症の塊を叩いていくという地道な治療が必要でした。
高齢者の場合、免疫力の低下もあり、回復に時間がかかるケースが多いとされています。
森本毅郎の現在の出演番組一覧
『森本毅郎・スタンバイ!』放送35年の長寿ラジオ番組
『森本毅郎・スタンバイ!』はTBSラジオで1990年4月から放送されている平日朝の情報番組です。
放送時間は月曜から金曜の午前6時30分から8時30分までの2時間となっています。
「聴く朝刊」というコンセプトのもと、朝刊各紙の読み比べや、その日の注目ニュースを森本さん独自の視点で解説しています。
2024年11月には放送9000回を達成し、2025年4月で放送35周年を迎える超長寿番組です。
「首都圏で最も聴かれている朝の情報番組」とも称され、50代・60代を中心に幅広いリスナーから支持を集めています。
アシスタントの遠藤泰子さん(76歳)も番組開始当初から出演を続けており、「TBSラジオ最年長女子アナ」として知られています。
『噂の!東京マガジン』BS-TBSで継続中
『噂の!東京マガジン』は1989年10月にTBS地上波で放送開始し、現在はBS-TBSで日曜午後1時から放送されています。
森本さんは番組開始当初から総合司会を務めており、こちらも35年以上続く長寿番組となりました。
地域の問題や社会問題を取り上げる報道系情報番組で、「やって!TRY」などの人気コーナーでも知られています。
森本さんの体調不良による休演時は、番組側で対応しながら放送が続けられてきました。
休演中の代役は誰が務めたのか
『森本毅郎・スタンバイ!』の休演中は、TBSの土井敏之アナウンサーが代役を務めました。
土井アナは普段から番組内の「スポーツスタンバイ」コーナーを担当しており、MC経験も豊富です。
過去にも2019年に森本さんが放送中に体調不良で途中退席した際、急遽代役を務めた実績があります。
土井アナは番組冒頭で森本さんの病状や経過を報告し、リスナーへの情報提供を担いました。
約50日間にわたり代役を続け、森本さんの復帰まで番組を支えた功労者といえるでしょう。
森本毅郎のプロフィールと経歴
生年月日・年齢・出身地などの基本情報
森本毅郎さんの基本的なプロフィールは以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1939年9月18日 |
| 年齢 | 86歳(2026年2月現在) |
| 出身地 | 東京府東京市中野区(現・東京都中野区) |
| 学歴 | 東京都立富士高等学校卒業、慶應義塾大学文学部英文学科卒業 |
| 愛称 | タケロー |
| 所属 | 合同会社エン |
7人兄弟姉妹の三男として生まれ、1944年には戦火を逃れるため長野県長野市へ一家で疎開した経験があります。
慶應義塾大学時代は劇研に所属し、当時の仲間には俳優の石坂浩二さんがいました。
後に石坂さんが主演した大河ドラマ『草燃える』では、森本さんがナレーションを担当しています。
NHKアナウンサー時代の活躍
1963年にNHKにアナウンサーとして入局し、研修後は岡山放送局に配属されました。
岡山時代には高校野球の決勝戦中継も経験しています。
その後、佐世保放送局、神戸放送局を経て東京本部へ異動しました。
1973年からは『新日本紀行』のナレーターを担当し、1974年からは『女性手帳』の聞き手役も務めています。
1980年4月からは『NHKニュースワイド』の初代キャスターに就任し、4年間にわたり番組の顔として活躍しました。
NHK時代から報道番組のキャスターとして高い評価を受け、視聴者からの信頼も厚かったといわれています。
1984年の異例「公開フリー宣言」とTBS移籍
1984年2月29日、森本さんは『NHKニュースワイド』の生放送中に異例の発言を行いました。
「私事で恐縮ですが、今日を持ちましてニュースワイドを卒業します。それと同時にNHKを辞めます」という、いわゆる「公開フリー宣言」です。
当時、NHKアナウンサーが番組内で退職を宣言することは前例がなく、大きな話題を呼びました。
NHK退職後はTBSと専属契約を結び、1984年5月から『森本毅郎さわやかワイド』『森本ワイドモーニングEye』などの司会を担当します。
1997年10月にはTBSとの専属契約を解除し、完全なフリーアナウンサーとなりました。
その後はフジテレビの『スーパーナイト』『情報ライブ EZ!TV』やテレビ朝日の『グレートマザー物語』など、他局の番組にも活動の場を広げています。
兄・森本哲郎との関係
森本毅郎さんの兄は、評論家として知られた森本哲郎さんです。
森本哲郎さんは元朝日新聞記者で、文明批評家・エッセイストとして多くの著作を残しました。
残念ながら森本哲郎さんは2014年に亡くなられていますが、兄弟ともに言葉を扱う仕事で活躍したことは興味深い共通点といえるでしょう。
森本毅郎の健康状態と入院歴|過去の体調不良まとめ
2019年の放送中体調不良で途中退席
2019年11月8日、森本さんは『森本毅郎・スタンバイ!』の放送中に急遽体調不良を訴えました。
午前6時57分頃の「朝刊読み比べ」のコーナー直前に異変が起き、その日の放送は土井敏之アナウンサーが急遽代役を務めています。
森本さんはその後病院で診察を受け、回復しました。
この時は入院には至らず自宅療養となり、翌週から通常通り出演を再開しています。
2022年・2023年の腰の手術と肺炎休養
森本さんは腰の持病も抱えており、過去に複数回の手術を経験しています。
2015年には腰の手術のため『噂の!東京マガジン』を一時休養しました。
2022年4月には5度目となる腰の手術を行い、しばらく番組を休演しています。
2023年6月には夏風邪をきっかけとした軽度の肺炎を発症し、約7ヶ月にわたる長期休養を余儀なくされました。
この時は2024年1月17日に『森本毅郎・スタンバイ!』に復帰しています。
86歳の高齢者が肺炎にかかるリスク
高齢者にとって肺炎は非常に危険な病気です。
日本では肺炎による死亡者の約97%が65歳以上の高齢者とされています。
加齢により免疫機能が低下し、感染症への抵抗力が弱まることが大きな要因です。
また、嚥下機能の衰えにより誤嚥性肺炎のリスクも高まります。
森本さんのように一度治ったと思っても再燃するケースも珍しくなく、完治までに長い時間がかかることが多いのが特徴です。
86歳での肺炎は、本人が「命拾いした」と表現するほど深刻な状況だったことがうかがえます。
森本毅郎は引退するのか|終活発言と今後の活動
個人事務所を解散し新会社「エン」を設立
森本さんは1984年のNHK退職時に個人事務所「森本毅郎事務所」を設立しました。
しかし2023年秋にこの事務所の解散を行い、2024年春には清算を完了しています。
解散の理由について森本さんは「フルネームの事務所名がうっとうしかった」ことと、「終活を意識した」ことを挙げています。
新たに設立したのは「合同会社エン」という会社です。
株式会社から合同会社に変更し、資本金も小さくして「本当に身軽な会社にした」と語っています。
「エンドの一歩手前」終活を意識した発言
新会社名「エン」には、森本さんなりの思いが込められています。
まず、長年支えてくれた人々との「ご縁」という意味があります。
次に、仕事で得てきたお金の「円」という意味も含まれています。
そして最も印象的なのは、「エンド(終わり)の一歩手前」というシャレです。
85歳の時点でこのような発言をしていたことから、森本さんが自らのキャリアの終わりを意識していることは間違いありません。
ただし、これは引退を宣言したわけではなく、身辺整理を進めながらも現役を続ける意思の表れと解釈できます。
番組継続の意思と今後の見通し
2026年2月2日の復帰により、森本さんは現時点で番組を継続する意思を示しています。
『森本毅郎・スタンバイ!』は2025年4月で放送35周年を迎え、TBSラジオの平日ワイド番組の中で群を抜く長寿番組です。
2025年1月に生島ヒロシさんがTBSラジオを降板した後、同局の朝の時間帯を支える重要な存在となっています。
ただし86歳という年齢と、今回の重篤な肺炎の経験を考えると、今後も体調面での心配は尽きません。
森本さん自身が「声がまだ本調子じゃない」と述べているように、完全回復にはまだ時間がかかる可能性があります。
リスナーとしては、無理をせず長く続けてほしいという思いと、健康を第一に考えてほしいという思いが交錯するところでしょう。
森本毅郎・スタンバイの評判とリスナーの声
「首都圏で最も聴かれている朝の情報番組」の実力
『森本毅郎・スタンバイ!』は、長年にわたり首都圏のラジオ聴取率で高い実績を誇ってきました。
TBSラジオ自体が2001年から2018年まで首都圏個人聴取率100期連続トップを達成しており、同番組はその中核を担う存在でした。
2024年のラジコ聴取ランキングでは、50代・60代男性部門で4位にランクインしています。
「聴く朝刊」というコンセプトが働く世代の通勤時間帯にマッチし、長年愛され続けてきた理由がここにあります。
朝刊各紙の読み比べや、森本さんの鋭い切り口によるニュース解説が、リスナーの「朝の情報収集」として定着しています。
復帰を歓迎するSNSの反応
2026年2月2日の復帰に際して、SNS上では多くの歓迎メッセージが寄せられました。
「おかえりなさい」「待ってました」「安心しました」といった声が相次いでいます。
約50日間の休演期間中、森本さんの健康を心配するリスナーの投稿も多く見られました。
長年番組を聴き続けてきた熱心なファンにとって、森本さんの声を再び聴けたことは大きな喜びだったようです。
一方で「無理しないでほしい」「健康第一で」という声も多く、リスナーの温かい気持ちが伝わってきます。
50代・60代に支持される理由
『森本毅郎・スタンバイ!』が特に50代・60代から支持される理由はいくつかあります。
まず、森本さんの落ち着いた語り口と的確なニュース解説が、同世代のリスナーに安心感を与えています。
派手な演出や若者向けの軽いトークではなく、硬派な情報番組としての姿勢を35年間貫いてきました。
また、朝6時30分からという放送時間が、早起きの習慣がある中高年層のライフスタイルに合致しています。
アシスタントの遠藤泰子さんとの息の合った掛け合いも、長年のリスナーにとっては心地よい「朝の習慣」となっているようです。
森本毅郎に関するよくある質問
森本毅郎の妻や家族構成は?
森本毅郎さんの家族構成については、プライベートを大切にされていることもあり、詳細な情報は公開されていません。
ご結婚されているという情報はありますが、妻の名前や職業などは明らかにされていません。
お子さんについても、一部で息子さんがいるという情報がありますが、詳細は不明です。
長年テレビやラジオで活躍しながらも、私生活についてはほとんど語らないスタンスを貫いてきました。
芸能人ではなく報道に携わるキャスターとして、プライベートと仕事を明確に分ける姿勢がうかがえます。
森本毅郎の自宅はどこ?
森本毅郎さんの現在の自宅の所在地は公開されていません。
出身は東京都中野区ですが、現在も同じ場所に住んでいるかどうかは不明です。
毎朝6時30分からの生放送に出演していることから、TBSラジオのある東京都港区赤坂への通勤に便利な場所に住んでいる可能性は高いでしょう。
ただし、これはあくまで推測であり、実際の住所は明らかにされていません。
森本毅郎の年収・ギャラはいくら?
森本毅郎さんの年収やギャラについても、正式に公開された情報はありません。
ただし、35年以上続く長寿番組のメインパーソナリティであること、テレビ番組の総合司会も務めていることから、相応の報酬を得ていると推測されます。
フリーアナウンサーとしてのキャリアは40年以上に及び、放送業界での実績と知名度を考えると、トップクラスの待遇である可能性が高いでしょう。
ただし、2023年に個人事務所を解散し合同会社に移行したことから、終活を見据えて収入面でも整理を進めているのかもしれません。
まとめ:森本毅郎 現在の状況と今後の展望
- 2026年2月2日に約53日ぶりのスタジオ復帰を果たした
- 2025年12月発症の肺炎は「炎症が暴走する」重篤なタイプだった
- 入院中に過呼吸状態となり「命の危険を感じた」と本人が告白
- パルス療法で1日1000ミリのステロイドを3日間集中投与された
- 一度退院後に再入院するなど、治療は難航した
- 『森本毅郎・スタンバイ!』は2025年4月で放送35周年を迎える
- 2023年に個人事務所を解散し「終活」を意識した発言をしている
- 新会社名「エン」には「エンドの一歩手前」という意味が込められている
- SNSでは復帰を歓迎する声と健康を気遣う声が多数寄せられている
- 86歳での現役継続は放送業界でも稀有な存在である

