2026年1月29日、国際ジャーナリストでタレントのモーリー・ロバートソンさんが63歳で亡くなりました。
「最近テレビで見かけないけれど、どうしているのだろう」と気になっていた方も多いのではないでしょうか。
この記事では、モーリー・ロバートソンさんの訃報の詳細から、知られざる経歴、主な出演番組、著書、そして残された功績まで、網羅的にお伝えします。
日米の架け橋として活躍した稀有な才能の軌跡を、ここで振り返ってみましょう。
モーリー・ロバートソンが2026年1月29日に死去|食道がんで闘病していた
モーリー・ロバートソンさんは、2026年1月29日に食道がんのため亡くなりました。
訃報は2月1日に公式SNSを通じて発表され、多くのファンや関係者に衝撃を与えています。
死因は食道がん|63歳での急逝
モーリー・ロバートソンさんの死因は食道がんでした。
「かねてより食道癌療養中」と発表されましたが、闘病期間や病状の経過については詳細が明かされていません。
享年63歳という若さでの旅立ちとなりました。
食道がんは初期症状がほとんどないことが多く、発見時には進行していることも珍しくありません。
モーリーさんがいつから療養を始めていたのかは公表されておらず、多くの視聴者にとって突然の訃報となりました。
パートナー池田有希子が訃報を発表|「心の張り裂けそうなご報告」
訃報は、パートナーで女優の池田有希子さんとオフィスモーリー スタッフ一同の連名で発表されました。
池田さんは自身のXで「心の張り裂けそうなご報告です」とつづり、ありし日のモーリーさんの写真を添えています。
発表文では「モーリー・ロバートソン儀 かねてより食道癌療養中でございましたが 去る一月二十九日 午前○○時五十六分 六十三歳にて永眠致しましたことを謹んで御報告申し上げます」と記されていました。
葬儀は近親者のみで執り行われた
葬儀は故人の生前の遺志により、近親者のみで執り行われました。
香典、供物、供花については固く辞退する旨が発表されています。
「事後の御報告となりましたこと御詫び申し上げます」との言葉とともに、「ここに故人が生前中賜りましたひとかたならぬ御厚誼に深謝し衷心より御礼申し上げます」と感謝の意が示されました。
モーリー・ロバートソンとは何者だったのか|経歴とプロフィール
モーリー・ロバートソンさんは、タレント、DJ、ミュージシャン、ラジオパーソナリティ、国際ジャーナリストと、多彩な顔を持つマルチな才能の持ち主でした。
日米両国の文化を深く理解し、独自の視点で国際情勢を伝えるコメンテーターとして、多くの視聴者から支持を集めていました。
1963年ニューヨーク生まれ広島育ちの日米ハーフ
モーリー・ロバートソンさんは1963年1月12日、アメリカ・ニューヨーク州で生まれました。
父はスコットランド系アメリカ人の心臓専門医トマス・リー・ロバートソンJr.、母は毎日新聞社記者のロバートソン黎子さんという日本人です。
生後2か月からサンフランシスコで過ごし、5歳のときに父の転勤で広島市に移住しました。
広島では公立小学校に通い、近所の日本人の友達と遊ぶ中で広島弁をマスターしています。
中学・高校時代は日米を行き来する生活を送り、最終的には富山県立高岡高等学校を卒業しました。
東大とハーバード大学に同時合格した「天才」の学歴
1981年、モーリーさんは東京大学理科一類とハーバード大学に同時合格を果たしました。
日本語で受験したアメリカ人として初の東大合格者といわれています。
さらに、MIT、スタンフォード大学、イェール大学、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学にも同時に合格しており、当時のメディアから「天才」と称されました。
東京大学には入学したものの、4か月で中退しています。
「燃え尽きていた仲間たちを見て失望した」という理由で、心機一転ハーバード大学で学ぶことを決意したと語っていました。
ハーバード大学では電子音楽とアニメーションを専攻し、1988年に卒業しています。
タレント・DJ・ジャーナリスト|マルチな活動の全貌
モーリーさんの活動は多岐にわたりました。
| 分野 | 主な活動内容 |
|---|---|
| ラジオ | J-WAVE「Across The View」パーソナリティ(1991年〜1998年) |
| テレビ | 日本テレビ「スッキリ」、NHK「所さん大変ですよ!」コメンテーター |
| 俳優 | NHK大河ドラマ「青天を衝け」マシュー・ペリー役 |
| 音楽 | DJ、電子音楽アーティスト |
| 執筆 | 週刊プレイボーイ「挑発的ニッポン革命計画」連載 |
| 講演 | 国際情勢、メディアリテラシーに関する講演活動 |
英語と日本語を巧みに使いこなし、国際情勢に関する切れ味鋭いコメントには定評がありました。
2001年にはTBS「情熱大陸」で特集され、2005年には日本のポッドキャストのパイオニアとしてニフティ社から「Podcasting Award」を受賞しています。
パートナー池田有希子との事実婚と家族構成
モーリーさんのパートナーは女優の池田有希子さんで、事実婚という形でパートナーシップを築いていました。
法的な婚姻関係ではありませんが、長年にわたり人生を共にしてきた関係です。
池田さんは1970年生まれの女優で、プランニングクレアに所属しています。
モーリーさんが大河ドラマ「青天を衝け」でペリー役のオファーを受けた際、「大丈夫よ」と背中を押したのも池田さんでした。
実弟は米国軍保健科学大学助教のDr.Henry T Robertsonで、遠い親戚にはアメリカのキリスト教プロテスタント保守派の指導者パット・ロバートソンがいます。
芸能界・メディア界からの追悼の声まとめ
訃報が伝えられると、芸能界やメディア界から多くの追悼の声が寄せられました。
モーリーさんと共演した著名人たちが、突然の別れを惜しんでいます。
茂木健一郎「知性と善意のかたまりだった」
脳科学者の茂木健一郎さんは、自身のXで追悼のコメントを発表しました。
「昨年末、Tokyo MX 堀潤のLive Junctionでごいっしょしたばかりでしたのに……あまりにも突然のことで、信じられません」と驚きを隠せない様子でした。
続けて「常に知性と善意のかたまりだったモーリーさん。まだ、ニコニコと笑いながら向こうから現れるような気がしてしまいます……」と心境をつづっています。
堀潤「モーリーさんのラジオで世界に目が向いた」
元NHKアナウンサーでジャーナリストの堀潤さんも、熱い追悼コメントを寄せました。
「モーリーさん!!!!!!そんなの嫌です……もっとお話聞かせていただきたかったし、一緒に発信しましょうって約束したのに」と無念さをにじませています。
「御礼も言いたかったです。本当に本当に本当にありがとうございました。モーリーさんのラジオがあったから、世界に目が向きました」という言葉からは、モーリーさんが後進のジャーナリストに与えた影響の大きさがうかがえます。
SNSで広がる追悼コメントと反応
X(旧Twitter)やInstagramでは、訃報発表直後から多くの追悼コメントが寄せられました。
「モーリーロバートソンさん死去にびっくりしませんか?陽気な人が」といった声や、「まだ信じられない」という反応が数多く見られます。
モーリーさんの明るい人柄と鋭い知性を惜しむ声が、SNS上で広がり続けています。
モーリー・ロバートソンの主な出演番組と活動歴
モーリーさんはテレビ、ラジオ、そして俳優としても幅広く活躍しました。
各分野での活動を振り返ります。
日テレ「スッキリ」でのコメンテーター活動
日本テレビの朝の情報番組「スッキリ」では、レギュラーコメンテーターとして出演していました。
国際情勢から社会問題まで、独自の視点で鋭いコメントを展開し、視聴者の支持を集めていました。
2023年3月の番組終了に伴い、モーリーさんも「スッキリ」への出演を終えています。
最後の出演時には「お世話になった皆さま、本当にありがとうございました!」とSNSで感謝を伝えていました。
NHK大河ドラマ「青天を衝け」ペリー役で俳優デビュー
2021年放送のNHK大河ドラマ「青天を衝け」では、マシュー・ペリー役を演じました。
大河ドラマ初出演となったモーリーさんは、鎖国を続ける日本を開港させた歴史的人物を堂々と演じ、視聴者から絶賛されています。
オファーを受けた際は「本当にびっくりしました」と語り、パートナーの池田有希子さんに相談したことを明かしていました。
また、TBS日曜劇場「日本沈没−希望のひと−」ではピーター・ジェンキンス役を演じるなど、俳優としての活動も広げていました。
J-WAVE「Across The View」で伝説を残したラジオ時代
1991年から1998年まで、J-WAVEの深夜番組「Across The View」のパーソナリティを務めました。
この番組は「伝説を残した」と評されるほどの人気を博しています。
独特の語り口と深い洞察力で、深夜のリスナーたちを魅了しました。
堀潤さんが「モーリーさんのラジオがあったから、世界に目が向きました」と語っているように、多くのリスナーに影響を与えた番組でした。
週刊プレイボーイ連載「挑発的ニッポン革命計画」
週刊プレイボーイでは「挑発的ニッポン革命計画」という連載コラムを長期にわたり執筆していました。
全358記事以上に及ぶ連載で、「右からでも左からでもなく、世界を立体視する知性を授ける」というコンセプトのもと、国際情勢や日本社会について独自の視点で論じています。
2026年1月26日にも記事が掲載されており、亡くなる直前まで執筆活動を続けていたことがわかります。
モーリー・ロバートソンの著書一覧|最新刊から代表作まで
モーリーさんは作家としても活躍し、複数の著書を出版しています。
最新刊『日本、ヤバい。』(2024年10月発売)
2024年10月25日に文藝春秋から発売された『日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ』が最新刊となりました。
現代日本社会への警鐘と、新しい生き方の提案が込められた一冊です。
モーリーさんの死去により、遺作となりました。
ベストセラー自叙伝『よくひとりぼっちだった』
1984年、ハーバード大学在学中に自叙伝『よくひとりぼっちだった』を文藝春秋から刊行しました。
日米を行き来する中で感じた孤独や葛藤、そして両国の文化の違いについて綴った作品は、ベストセラーとなっています。
当時21歳の若さでの出版は、大きな話題を呼びました。
その他の著書と連載コラム
モーリーさんの主な著書は以下の通りです。
| 発売年 | タイトル | 出版社 |
|---|---|---|
| 1984年 | よくひとりぼっちだった | 文藝春秋 |
| 2017年 | 悪くあれ!窒息ニッポン、自由に生きる思考法 | スモール出版 |
| 2017年 | 挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け | 集英社 |
| 2021年 | 戦争×漫画 1970-2020 | 小学館 |
| 2024年 | 日本、ヤバい。 | 文藝春秋 |
KADOKAWAからは「モーリーの『知的サバイバル』セミナー」シリーズも刊行されており、プロパガンダやメディアリテラシーについて解説しています。
モーリー・ロバートソンが残した功績と評価
モーリーさんは、日本のメディア界に多大な功績を残しました。
日本のポッドキャストのパイオニア
2005年、モーリーさんはネットでラジオ番組「i-morley」を配信し、日本のポッドキャストのパイオニアとなりました。
この功績により、ニフティ社から「Podcasting Award」を受賞しています。
インターネットを通じた新しい情報発信の形を、日本でいち早く実践した先駆者でした。
国際情勢を分かりやすく伝えたジャーナリズム
アメリカ国籍を持ちながら広島で育ったモーリーさんは、日米両国の視点から国際情勢を分析することができました。
複雑な国際問題を、日本の視聴者にも分かりやすく伝える能力に定評があります。
週刊プレイボーイの連載やテレビ出演を通じて、「世界を立体視する」視点を多くの人々に提供し続けました。
日米の架け橋として果たした役割
日米ハーフとして両国の文化を深く理解するモーリーさんは、まさに日米の架け橋として活躍しました。
広島育ちであることから、原爆や平和問題についても独自の視点を持っていました。
父がABCC(原爆傷害調査委員会)に勤務していた経験も、モーリーさんの視野を広げる要因となっています。
日本とアメリカ、東洋と西洋、伝統とポップカルチャーを自由に行き来する姿勢は、多くの人々に刺激を与えました。
食道がんとはどんな病気か|症状・原因・予防法
モーリーさんの死因となった食道がんについて、基本的な情報をお伝えします。
食道がんの初期症状と進行時の症状
食道がんは初期段階では自覚症状がほとんどありません。
そのため、発見時にはすでに進行していることも少なくないのが現状です。
進行すると以下のような症状が現れます。
食べ物や飲み物がしみる、飲み込みにくい、食べ物がつかえる、のどに違和感を感じる、胸や背中に痛みがある、声が枯れる、咳が出る、体重が減少する、といった症状です。
がんがさらに大きくなると、食道をふさいで水も通らなくなることがあります。
主な原因は飲酒と喫煙|リスク要因を解説
食道がんの最大の原因は、飲酒と喫煙です。
日本で約90%を占める扁平上皮がんは、飲酒および喫煙が主な発生要因とされています。
特に両方の習慣がある人は、リスクが大幅に高まることが知られています。
毎日30本以上の喫煙と、日本酒換算で1.5合以上の飲酒を続けている人は、非喫煙・非飲酒者の40倍以上の発生率といわれています。
また、お酒を飲んですぐ顔が赤くなる体質(フラッシャー)の人は、遺伝的にアセトアルデヒドを代謝しにくいため、リスクが高いとされています。
熱い飲食物の摂取も、リスク要因の一つです。
早期発見のための検査と予防策
食道がんの早期発見には、定期的な内視鏡検査が有効です。
リスク要因を持つ人は、生活習慣を改めるとともに、積極的に検査を受けることが推奨されています。
予防策としては、禁煙、適度な飲酒、熱すぎる飲食物を避けることが挙げられます。
野菜や果物を十分に摂取することも、予防に効果があるとされています。
モーリー・ロバートソンに関するよくある質問
モーリーさんについて、多くの人が気になる疑問にお答えします。
モーリー・ロバートソンはハーフ?両親はどんな人?
モーリー・ロバートソンさんは日米ハーフです。
父のトマス・リー・ロバートソンJr.はスコットランド系アメリカ人で、心臓専門医でした。
広島の原爆傷害調査委員会(ABCC、現・放射線影響研究所)に勤務し、原爆患者の調査にあたっていました。
母のロバートソン黎子さんは日本人で、毎日新聞社の記者として活躍していました。
両親とも知的な職業に就いており、モーリーさんの多才さはこうした家庭環境にも影響を受けていると考えられます。
結婚していた?子供はいる?
モーリーさんは法的な婚姻関係にはありませんでしたが、女優の池田有希子さんと事実婚(パートナーシップ)の関係にありました。
子供がいるかどうかについては、公表されていません。
モーリーさんと池田さんは、互いの仕事を尊重し合いながら、長年にわたりパートナーとして人生を共にしてきました。
なぜ最近テレビで見なくなっていたのか?
「モーリー・ロバートソンを最近見ない」という声もありましたが、これは闘病のためだったことが今回の訃報で明らかになりました。
2023年3月に日本テレビ「スッキリ」が終了した後も、各種メディアへの出演や連載は続けていました。
2024年12月にはCBCテレビ「チャント!スペシャル」に生出演し、2025年1月にも週刊プレイボーイの連載記事が掲載されています。
「かねてより食道癌療養中」とのことでしたが、闘病中も可能な限り活動を続けていたと推測されます。
まとめ:モーリー・ロバートソンの現在と功績を振り返って
- 2026年1月29日、モーリー・ロバートソンさんが食道がんのため63歳で死去
- パートナーの池田有希子さんが2月1日に訃報を発表
- 葬儀は故人の遺志により近親者のみで執り行われた
- 1963年ニューヨーク生まれ広島育ちの日米ハーフ
- 1981年に東大とハーバード大学に同時合格した「天才」
- タレント、DJ、ジャーナリスト、俳優とマルチに活躍
- NHK大河ドラマ「青天を衝け」ではマシュー・ペリー役を好演
- 2005年に日本のポッドキャストのパイオニアとして受賞
- 最新刊『日本、ヤバい。』が2024年10月に発売された遺作となる
- 日米の架け橋として国際情勢を分かりやすく伝え続けた功績は大きい

