Mrs. GREEN APPLEのボーカルとして日本の音楽シーンを牽引する大森元貴さんには、中学時代に不登校だった過去があります。
「引きこもり」というキーワードとともに語られることも多いこのエピソードですが、実際にはいじめが原因ではなく、音楽制作への没頭が背景にありました。
検索すると「いじめ」「引きこもり」といったネガティブなワードが目に入りやすいものの、事実関係を丁寧にたどると、まったく異なる実像が浮かび上がってきます。
この記事では、大森元貴さんの不登校にまつわる事実を時系列で整理しながら、家族の対応、学生時代の音楽活動、楽曲への影響、そして世間の反応と注意すべき点まで、網羅的にお伝えしていきます。
大森元貴の引きこもり・不登校は本当なのか
大森元貴さんが中学時代に不登校状態だったことは事実です。
ただし、正確に言えば「引きこもり」とは少しニュアンスが異なります。
本人は2017年のCREA誌のインタビューで「引きこもっているというより、ちゃんと音楽制作という別の場所があった」「たまに学校に行くことにもまったく抵抗感がなく、不登校という自覚がなかった」と語っています。
学校に行けない状態だったのではなく、曲作りに集中するために自宅にいることを自ら選んでいたという点が、一般的にイメージされる不登校や引きこもりとは大きく異なるポイントです。
実際に行事には出席しており、修学旅行にも参加していました。
動画サイトに楽曲を投稿するなど外部との接点も維持していたため、社会から完全に孤立していたわけではありません。
もっとも適切な表現は「不登校気味」であり、音楽制作を軸にした自主的な選択だったと理解するのが妥当でしょう。
大森元貴が不登校になった本当の理由
音楽への没頭が最大の要因
不登校になった最大の理由は、音楽制作に夢中になったことです。
大森さんは小学校の卒業文集に「将来はミュージシャンになる」と書いていたほど、幼い頃から音楽への志が明確でした。
中学に入るとギターを手にして本格的に作曲を始め、「曲を作るのが楽しくて、呪われたように毎日曲を作っていた」と2024年12月放送の「しゃべくり007」で振り返っています。
こうして曲作りに没頭するうちに、自然と学校から足が遠のいていったのです。
2025年5月のスポニチのインタビューでは「やりたいことは決まっているのだから良くないか?”義務教育だし”ぐらいの感覚だった」とも語っており、明確な目的意識のもとでの行動だったことがうかがえます。
いじめが原因ではないことの根拠
ネット上では「いじめが原因で不登校になったのではないか」という憶測が広がっていますが、本人はこれを明確に否定しています。
この噂が広まった経緯は単純で、「大森元貴」「不登校」という検索ワードから「いじめ」が自動的に連想され、検索候補に表示されるようになったためです。
不登校という言葉を聞くといじめを結びつけて考える人が多いため、検索ワードとして独り歩きしてしまいました。
ただし、学校の集団生活に馴染めなかったという性格的な背景はあったようです。
「友達の話を聞いてもどこが面白いか分からない感覚があった」「1軍っぽい陽キャが苦手だった」と複数の場面で語っており、周囲との感覚のズレを感じていたことは間違いありません。
軽音楽部がなく先生に断られた経験
もう一つの背景として、中学校に軽音楽部がなかったことが挙げられます。
音楽活動について先生に相談したところ、心無い断り方をされて大きなショックを受けたというエピソードが伝えられています。
学校が音楽活動を受け入れてくれる場所ではないと感じたことが、登校への意欲をさらに低下させた要因の一つだったと考えられます。
「勉強は必要ないのではないか」という気持ちと、学校側の対応への失望が重なったことで、自宅での曲作りに完全に軸足を移していったのです。
大森元貴の学生時代と不登校期間の時系列
小学校時代:音楽との出会い
大森元貴さんは1996年9月14日生まれで、東京都西東京市の出身です。
父親がドラムを演奏する音楽好きの家庭に育ち、音楽好きの兄2人からも大きな影響を受けました。
MONGOL800に感化されて小学6年生でエピフォンのベースを購入し、同級生と担任の先生でコピーバンド「1733(ワンセブンダブルスリー)」を結成しています。
卒業式ではオリジナル楽曲とMONGOL800のコピー曲を披露するなど、小学生にして音楽への道を歩み始めていました。
中学時代:不登校と作曲への没頭
中学に入るとコードを学ぶためにギターも始め、独学でDTM(デスクトップミュージック)にも取り組み始めます。
当時使っていたDAWソフトはApple社のGarageBandで、オーディオインターフェースやMIDIコントローラーの存在すら知らなかったため、電子ピアノのドラム音色をスピーカーからマイクで録音するという手探りの制作環境でした。
それでも中学1年の終わり頃までに30〜40曲のオリジナル楽曲を完成させており、同時期に事務所のオーディションにも合格しています。
今から10年以上前にあたるこの時期が、大森元貴さんの音楽家としての原点と言えるでしょう。
不登校の期間は主に中学1年から2年にかけてが最も長く、具体的な欠席日数は公表されていません。
中学3年になると「卒業アルバムに写らないのは嫌だ」と感じて行事には参加するようになり、ここで後にバンドメンバーとなる若井滉斗さんと意気投合しました。
高校時代:通信制への進学とバンド結成
中学卒業後、大森さんは通信制高校に進学しています。
全日制ではなく通信制を選んだ理由は「高校生でメジャーデビューしたい」という明確な目標があったためです。
2026年2月の産経新聞インタビューでは「人生を音楽にフルベットして、退路がなかった」と語っており、16歳の時点ですでに覚悟を決めていたことがわかります。
通信制高校在学中の2013年、高校2年生でMrs. GREEN APPLEを結成しました。
アルバイトで生計を支えながらバンド活動に邁進し、高校卒業のわずか2日後にメジャーデビューが決定するという、有言実行の結果を残しています。
以下に、大森元貴さんの不登校から現在に至るまでの歩みを時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 小学6年生(2008年頃) | ベース購入、コピーバンド結成、卒業文集に「ミュージシャンになる」と記載 |
| 中学1年(2009年頃) | ギター・DTMを独学で開始、作曲に没頭して不登校状態に |
| 中学1年終わり | 事務所のオーディションに合格、30〜40曲を完成 |
| 中学3年(2011年頃) | 行事への参加を再開、若井滉斗と意気投合 |
| 高校入学(2012年) | 通信制高校に進学 |
| 高校2年(2013年) | Mrs. GREEN APPLE結成 |
| 高校卒業直後(2015年) | メジャーデビュー |
不登校時代の若井滉斗との出会いエピソード
大森元貴さんの不登校時代を語るうえで欠かせないのが、後にMrs. GREEN APPLEのギタリストとなる若井滉斗さんとの出会いです。
若井さんは中学の同級生で、当時はサッカー部に所属するクラスの中心的な存在でした。
大森さんが学校にはほとんど来ないものの動画サイトに楽曲を投稿していることを知った若井さんは、「話してみたい」と興味を持ちます。
驚くべきことに、若井さんは通学路とは真逆の方向にある大森さんの自宅を毎朝訪問し、玄関のチャイムを鳴らして「今日来る?」と声をかけ続けました。
大森さんは毎回「行かなーい」と断り続けており、この訪問を「朝の恐怖のピンポン」と表現しています。
「1軍っぽい陽キャ」が苦手だった大森さんにとって、明るくて積極的な若井さんは真逆のタイプでした。
しかし中学3年生の修学旅行で同じ班になったことをきっかけに2人は意気投合し、この出会いがMrs. GREEN APPLE結成へとつながっていきます。
バンド結成時、大森さんが最初に声をかけたのが若井さんだったという事実は、不登校時代に芽生えた絆の深さを物語っています。
不登校時代の家族の対応と母親の存在
母親の「見守る」姿勢
大森さんの不登校に対して、母親は否定せず静かに見守る姿勢をとりました。
本人はラジオ番組「ミセスLOCKS!」で「うちの母は心配していた。
相当理解があって、不安もありながらも応援してくれていた」と感謝の言葉を述べています。
「行かせる」ことを強要するよりも、家を安心できる場所にすることを重視した対応だったとされており、この姿勢が大森さんの音楽制作を支える土台となりました。
母親はママさんバレーのキャプテンを務めていた活動的な人物で、大森さんの運動神経の良さもここに由来すると言われています。
兄の反応と家族の葛藤
一方で、家族全員が最初から理解を示していたわけではありません。
音楽好きの兄2人のうち1人からは「学校行けよ」と殴られたこともあったと大森さん自身が語っています。
転機となったのは、事務所のオーディションに合格した後、ステージで演奏する姿を家族に見せたことでした。
ライブで真剣に音楽に取り組む息子の姿を見て、最終的には家族全員が音楽の道を認めるに至ったのです。
父親の音楽的な影響
父親はドラムを演奏する人物で、家庭には自然と楽器や音楽が存在する環境がありました。
幼少期から音楽に触れる機会が豊富だったことが、大森さんの音楽的素養の基盤を形成したと考えられています。
家族の音楽的背景があったからこそ、息子が音楽の道を志すことへの理解も比較的得やすかったのかもしれません。
大森元貴は不登校経験をどう語っているか
「結果論的に美談で話せている」という自覚
大森さんの発言のなかで特に注目すべきは、「結果論的に俺は美談で話せている」という一言です。
2025年1月のラジオ放送で、不登校の中学時代を支えてくれた存在について語る際にこの言葉を使い、「なかなか理解してもらえないぞ、それはって思う」と続けました。
成功した今だからこそ語れるストーリーであることを本人が十分に認識しており、自身の経験を安易に一般化しない慎重な姿勢が見て取れます。
ラジオでの不登校リスナーへの寄り添い
TOKYO FM系の「SCHOOL OF LOCK!」内で放送される「ミセスLOCKS!」では、不登校に悩むリスナーからの相談に繰り返し応じています。
2025年1月の放送では、「動画編集に集中したいから学校を休む」と言い出した小学生の息子を持つ親からの相談に対し、自身の中学時代を重ね合わせて回答しました。
2025年12月には、学校生活に悩む12歳のリスナーに「頑張れない日があっても全然いい」と言葉をかけています。
2026年3月3日の放送では、不登校を経験した卒業間近のリスナーに「まだまだ楽しいことがある」とエールを送りました。
いずれの場面でも共通しているのは、自分の体験を押しつけるのではなく、相手の状況に寄り添いながら語るスタンスです。
2018年のラジオでの発言
早い時期から不登校経験について言及していた大森さんは、2018年の「SCHOOL OF LOCK!」でも「僕も不登校経験あるんで、1回休んじゃうと段々行きづらくなる」と、登校再開の難しさについて率直に語っていました。
この発言からも、自身の経験を美化するのではなく、当時の苦しさも含めて正直に伝えようとする姿勢がうかがえます。
不登校経験が楽曲に与えた影響
Mrs. GREEN APPLEの楽曲は曲調が明るいものが多い一方で、歌詞には孤独や葛藤、人間関係への苦しみが色濃く反映されていると、多くのファンの間で認識されています。
代表曲「青と夏」について、大森さん自身が「明るい曲作って復讐してるんだよ」と発言したエピソードは広く知られており、一見すると爽やかな青春ソングの裏に複雑な感情が込められていることを示唆しています。
「ライラック」「僕のこと」「StaRt」といった楽曲も、曲調は明るいものの歌詞をよく読むと寂しさや不安、周囲との隔たりが描かれていると一般的に言われています。
「歌詞だけ見れば明るい歌詞だけの曲はマジでない」「人と繋がることへの苦しみを描いている曲が多い」という見方は、SNS上でファン層に広く共有されている認識です。
不登校時代に感じていた「居場所のなさ」や「周囲との感覚のズレ」が、大森さんの創作における根本的な動機の一つとなっていると考えられます。
自ら経験した苦しさを曲に昇華できることが、幅広い世代から共感を集める理由でもあるのでしょう。
不登校から現在の活躍までの軌跡
2020年の活動休止と復帰
2015年のメジャーデビュー以降、Mrs. GREEN APPLEは急速に人気を拡大しましたが、2020年7月8日にデビュー5周年を区切りとして「フェーズ1完結」を宣言し、活動を休止しました。
休止の理由について大森さんは「やりたいことは頭の中にあるのに、フィジカル的に全然表現できないと思った」「消費されてしまうという危機感があった」と後に語っています。
復帰の目処を立てないまま白紙の状態で休止に入りましたが、2022年3月18日に「フェーズ2」として活動を再開しました。
突発性難聴との闘い
2024年1月19日、大森さんは左耳の突発性難聴と診断されたことを公表しています。
治療中にはステロイドの副作用で「かなり気持ちが不安定で落ちている」とSNSで吐露する場面もありましたが、活動は継続する意向を示しました。
突発性難聴を抱えながらツアーを完走した姿は、中学時代の不登校期間を経て培われた精神的なタフさの表れとも言えるかもしれません。
俳優業への進出と朝ドラ出演
2025年には活動の幅をさらに広げています。
4月公開の映画「#真相をお話しします」で俳優デビューを果たし、初出演にして初主演を務めました。
8月からはNHK連続テレビ小説「あんぱん」にて、いずみたくをモデルとした作曲家「いせたくや」役で出演し、朝ドラの世界でも存在感を示しています。
さらに「あんぱん」のスピンオフとして、大森さん主演のオーディオドラマ「さいごのうた」がNHK-FMで放送されるなど、音楽家にとどまらない多方面での活躍を見せています。
フェーズ3の幕開けと2026年の展望
2025年12月31日にフェーズ2が完結し、2026年1月1日からMrs. GREEN APPLEはフェーズ3を開幕しました。
活動休止は設けず、大森・若井・藤澤の3人体制を維持することが正式に発表されています。
フェーズ3ではTVアニメ「葬送のフリーレン」第2期のオープニングテーマ「lulu.」を担当しているほか、バンド史上初のスタジアムツアーも決定しました。
次期NHK朝ドラ「風、薫る」の主題歌担当も発表されており、ミラノ・コルティナ冬季五輪2026の応援ソングにも起用されるなど、国内外での活動はさらに加速しています。
大森元貴の不登校に対する世間の反応
不登校の子どもや保護者からの共感
大森さんの不登校経験は、現在不登校を経験している子どもやその保護者から大きな共感と希望を集めています。
「学校に行けなくても自分の道を見つけられる」というメッセージとして受け止められ、ラジオ番組にも不登校のリスナーから多くの相談が寄せられています。
2026年3月の放送では、不登校だった自分を支えてくれた親友への感謝を伝えるリスナーのエピソードが紹介され、大森さんが自身の経験も交えて応答する姿が反響を呼びました。
SNSでの議論と多様な見方
2026年1月には、「不登校から通信制高校に進んだ大森さんが、なぜ青春ソングを書けるのか」というテーマがSNS上で大きな話題になりました。
これに対しては「曲調は明るくても歌詞はむしろ暗い」「青春を経験していないからこそ、それを理想化して描けるのではないか」「皮肉として書いている面もあるのでは」など、多角的な分析が展開されています。
一方で「不登校になった経緯が一般的なケースとは違う」という指摘も多く見られます。
「曲作りに没頭して自主的に学校に行かなくなったケースと、行きたくても行けない不登校は別物」という認識はSNS上で広く共有されています。
美談化への警戒と注意すべき視点
大森さんの成功ストーリーに触れる際に注意すべき点もあります。
「不登校でも大丈夫」「学校に行かなくても成功できる」という短絡的な結論を導き出すことへの警戒の声が一部に存在します。
大森さんの場合、不登校の時期に明確な目標を持ち、実際に30曲以上の楽曲を制作し、事務所のオーディションに合格するなど、自らの意志で道を切り開いていました。
すべての不登校がこうした形で好転するわけではなく、「見守った結果、長期の引きこもりに至るケースもある」という反論の声があることも事実です。
大森さん本人が「結果論的に美談で話せている」と認めている通り、個々のケースに応じた対応が必要であることを忘れてはなりません。
まとめ:大森元貴の引きこもり・不登校経験を正しく理解する
- 大森元貴さんの中学時代の不登校は事実だが、いじめが原因ではなく音楽制作への没頭が理由である
- 本人は「引きこもり」ではなく「音楽制作という別の居場所があった」と語っており、完全な社会的孤立ではなかった
- 行事や修学旅行には出席しており、動画サイトへの投稿や事務所のオーディション合格など外部との接点を維持していた
- 中学1年の終わりまでに30〜40曲を独学で完成させ、14歳で音楽事務所に所属している
- 家族は当初葛藤を抱えたが、最終的に母親の見守る姿勢が音楽活動の土台を支えた
- 通信制高校への進学は「高校生でメジャーデビューする」という目標から逆算した戦略的な選択だった
- 若井滉斗さんとの出会いは不登校時代に生まれ、毎朝の訪問がMrs. GREEN APPLE結成の原点となっている
- 楽曲は明るい曲調でも歌詞に孤独や葛藤が反映されており、不登校時代の経験が創作の原動力になっている
- 本人は「結果論的に美談で話せている」と自覚しており、自身の体験を安易に一般化しない姿勢を貫いている
- 2026年現在はフェーズ3を開幕し、朝ドラ出演や五輪応援ソングなど音楽家・俳優として活動の幅を広げ続けている

