2026年ミラノ・コルティナ五輪で、フィギュアスケート・ペアの三浦璃来選手と木原龍一選手、通称「りくりゅう」が日本ペア史上初の金メダルを獲得しました。
ショートプログラム5位からの大逆転劇は、世界中のフィギュアスケートファンを感動の渦に巻き込んでいます。
この歴史的快挙の裏には、2人を7年間にわたって支え続けた名コーチの存在がありました。
「りくりゅうのコーチは誰なのか」「どんな指導スタイルで金メダルへ導いたのか」「SP5位からの逆転を可能にした魔法の言葉とは何か」。
本記事では、カナダ人コーチであるブルーノ・マルコット氏の経歴から指導哲学、五輪本番での具体的な行動まで、あらゆる角度から詳しく解説していきます。
りくりゅうを支えるコーチ陣の全体像や、日本のペア競技の未来についても触れていますので、ぜひ最後までお読みください。
りくりゅうのコーチは誰?ブルーノ・マルコットの基本プロフィール
りくりゅうを指導するメインコーチは、カナダ人のブルーノ・マルコット氏です。
1974年9月10日にカナダ・ケベック州モントリオールで生まれ、2026年2月現在は51歳。
現役時代はペアスケーターとしてカナダ代表で活躍し、引退後にペア専門のコーチへ転身しました。
現在はカナダ・オンタリオ州オークビルにある「スケート・オークビル」スケーティングクラブで、競技スケーティング・ディレクターを務めています。
りくりゅうの練習拠点も、このオークビルに置かれています。
コーチとしての資格は、カナダ国立コーチ認定プログラム(NCCP)のレベル5を取得済みです。
加えて、ISU(国際スケート連盟)のテクニカルスペシャリスト資格も保持しており、技術面の知見は国際的にも高く評価されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ブルーノ・マルコット(Bruno Marcotte) |
| 生年月日 | 1974年9月10日 |
| 出身地 | カナダ・ケベック州モントリオール |
| 年齢 | 51歳(2026年2月時点) |
| 身長 | 175cm |
| 現在の拠点 | カナダ・オンタリオ州オークビル |
| 役職 | スケート・オークビル 競技スケーティング・ディレクター |
| コーチ資格 | NCCP レベル5、ISUテクニカルスペシャリスト |
| 家族 | 妻:メーガン・デュアメル(元五輪金メダリスト)、娘2人 |
ブルーノ・マルコットの選手時代の経歴と実績
マルコット氏は、もともとペアスケーターとしてカナダ代表で国際大会に出場していました。
この選手経験が、のちのコーチとしての指導力に直結しています。
世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得
マルコット氏が最初に国際的な実績を残したのは、1993年の世界ジュニア選手権でした。
パートナーのイザベル・クーロンブとともに銅メダルを獲得し、カナダのペアスケーターとしての才能を世界に示しています。
その後、ナディア・ミカレフとペアを組み直し、1998年のゴールデンスピン・オブ・ザグレブで優勝を果たしました。
カナダ選手権でも4位に入るなど、着実に実力を蓄えていった時期です。
ネーベルホルン杯優勝から引退へ
2000年にはヴァレリー・マルクーとの新たなパートナーシップで、ネーベルホルン杯を制しました。
さらに2002年の四大陸選手権で4位、世界選手権では12位という成績を残しています。
2001-2002シーズンの終了をもって現役を引退しましたが、約10年にわたるペア競技の経験は、コーチとしての基盤を形成するうえで欠かせないものとなりました。
リフト、スロージャンプ、ツイストといったペア特有の技術を自らの身体で体得していたからこそ、選手の動きを見抜く目が養われたといえるでしょう。
コーチとしての主な指導実績と教え子たち
マルコット氏は引退後、ペアスケーティングのコーチとして数々のトップ選手を世界の頂点に導いてきました。
指導したペアは多国籍にわたり、国際的なコーチングの経験値は群を抜いています。
デュアメル/ラドフォード組で五輪金メダルを輩出
マルコット氏の代表的な教え子として真っ先に挙がるのが、カナダのメーガン・デュアメルとエリック・ラドフォードのペアです。
2人は世界選手権で2度の優勝を達成し、2018年の平昌五輪では団体戦で金メダルに輝きました。
マルコット氏はこの大会にカナダチームのコーチとして帯同し、五輪の舞台でのプレッシャーや逆転劇を肌で経験しています。
なお、デュアメルは2015年にマルコット氏と結婚しており、現在は妻としてだけでなく、コーチとしてもりくりゅうの指導に関わっています。
高橋成美組の指導で日本ペアの礎を築く
日本のペア競技とのつながりも深く、高橋成美とマービン・トランのペアを指導した実績があります。
高橋/トラン組は2012年の世界選手権で銅メダルを獲得しました。
これは日本ペア史上初の世界選手権メダルであり、のちのりくりゅうの活躍につながる重要な一歩となっています。
この時期に築かれた日本スケート連盟との信頼関係は、10年以上にわたって維持されてきました。
りくりゅう以外の現在の教え子
2026年現在、マルコット氏はりくりゅう以外にも複数のペアを指導しています。
カナダのジャズミン・デロシェ/キーラン・スラッシャー組や、アメリカのエリー・カム/ダニー・オシア組などが主な教え子です。
オーストリア、ハンガリー、チェコなど、指導対象はヨーロッパ圏にも広がっており、ペアコーチとしての国際的な影響力は大きいといえます。
りくりゅうペア結成の経緯とコーチの決定的な役割
りくりゅうのペア結成において、マルコット氏は単なるコーチではなく「仕掛け人」としての役割を担いました。
2人を引き合わせ、カナダへの移住を決断させたのもマルコット氏だったのです。
マルコット氏が木原に三浦とのペア結成を提案
三浦璃来選手は、2015年から市橋翔哉選手とペアを組み、世界ジュニア選手権にも出場していました。
一方の木原龍一選手は、高橋成美選手、須崎海羽選手とペアを組んだ経歴を持っています。
マルコット氏は木原選手に対し、三浦選手とのペア結成を直接提案しました。
三浦選手について「とても才能あるスケーターで、ペアで素晴らしいチームになれると思った。
彼女は怖がらない。
勇気がある」と、米TIME誌の取材で当時の印象を語っています。
オーディションで見せた特別な瞬間
2019年、カナダでオーディション(トライアウト)が行われました。
マルコット氏によれば、「いきなり木原が三浦を空中に放り投げた」という大胆なチャレンジが行われたそうです。
そして「それが飛んだんだ。
特別なものだった」と、2人の相性の良さに確信を持ったことを振り返っています。
このオーディションを経て、2019年8月に正式にペア結成が発表され、2人はカナダのオークビルを練習拠点として本格的な活動を開始しました。
当時、三浦選手は17歳、木原選手は27歳。
マルコット氏は「すぐに五輪王者になるとは思っていなかったが、私の考えが間違いだったことが証明されてうれしい」と、ミラノ五輪後に涙をこらえながら語りました。
マルコットコーチの指導スタイルと特徴
マルコット氏の指導は、技術面の緻密さとメンタル面のケアを高次元で両立させている点が大きな特徴です。
選手からは「心理学者のようなコーチ」と形容されています。
木原が感嘆する「人間観察力」
木原選手はマルコット氏について「人間観察力がすごい」と感嘆しています。
練習中の表情や動きの微妙な変化から、選手の心理状態を正確に読み取る能力に長けているのです。
一方、三浦選手は「言われたことを聞いていれば間違いない」と、コーチへの絶対的な信頼を口にしています。
このような信頼関係は、7年間の日々の積み重ねによって築かれてきたものでしょう。
技術と表現力を磨く長期的なアプローチ
マルコット氏の指導は、短期的な結果だけにとらわれない長期的な視点が特徴です。
りくりゅうのスケーティングの質は「他のペアと比較して、滑りの速度と質が群を抜いている」と専門家から分析されています。
この圧倒的なスケーティング技術は、一朝一夕で身についたものではありません。
結成当初から地道な基礎練習を重ね、年々完成度を高めてきた結果です。
さらに2025-2026シーズンには、ショートプログラムの振付をシェイリーン・ボーン、フリーの振付をマリー=フランス・デュブレイユという新たな振付師に変更しました。
マルコット氏の現役時代からの知人であるカナダ人振付師を起用し、表現面での新境地を開拓する判断がなされたのです。
三浦選手は振付師変更の理由について「新しい引き出しに挑戦する時だと思った」と語っています。
メンタルサポートの巧みさ
マルコット氏の真価が最も発揮されるのは、選手が精神的に追い込まれた場面です。
五輪のような極限の緊張下で、的確な言葉を選び、選手の心を立て直す能力は、りくりゅうの逆転金メダルで証明されました。
この点については、次の見出しで詳しく解説します。
ミラノ五輪SP5位からの逆転劇とコーチの魔法の言葉
2026年ミラノ・コルティナ五輪での大逆転金メダルは、マルコット氏のメンタルコーチングの集大成ともいえる出来事でした。
SP5位、首位と6.90点差という絶望的な状況から、フリーで世界歴代最高得点をたたき出すまでの24時間に、何が起きていたのでしょうか。
SP後の「It’s not over」
SP終了後、木原選手は自らのミスを悔やみ、うなだれたまま動けなくなっていました。
そのとき、マルコット氏は木原選手のそばに寄り添い、ある言葉を繰り返しました。
「It’s not over(まだ終わっていない)」。
米NBCスポーツはこの場面を詳しく報じ、「マルコットはキハラに断言し、そして繰り返した。
『It’s not over』と」と伝えています。
同局はフリー後に「彼はなんと正しかったことか」と記し、コーチの確信に満ちた言葉が的中したことを称えました。
「昨晩を理解するな」
マルコット氏が三浦選手に伝えたのは「昨晩を理解するな」という言葉でした。
失敗した演技を分析しすぎることで、かえって精神的な負のスパイラルに陥ることを防ぐ狙いがあったと考えられます。
考えすぎない。
立ち止まらない。
そのシンプルなメッセージが、2人を前に向かせる力となりました。
平昌五輪の逆転劇を知るコーチの確信
マルコット氏がここまで強い確信を持てた背景には、2018年平昌五輪での実体験がありました。
平昌ではドイツのサフチェンコ/マッソ組が、SP4位から5.80点差を覆して金メダルを獲得しています。
マルコット氏は当時、カナダ団体チームのコーチとして現地にいました。
ペア競技で逆転は決して不可能ではないという確信は、単なる励ましではなく、自らの目で目撃した事実に基づくものだったのです。
りくりゅうが覆した6.90点差は、平昌の5.80点差をも上回る五輪史上最大の逆転劇となりました。
フリー直前の「今日世界一になろう」
フリー当日の朝、木原選手は前夜から一睡もできず泣き続けていました。
しかし朝の練習後に昼寝をし、目覚めたときの木原選手を見て、マルコット氏は「僕の知っている龍一だった」と感じたといいます。
そして、こう伝えました。
「きょう世界で1番になることが目標だ」「今夜は世界最高のスケーターであるかのように滑ってきなさい」。
フリーの結果は158.13点。
世界歴代最高得点を更新し、合計231.24点で金メダルを手にしました。
得点が表示された瞬間、マルコット氏は渡部文緒トレーナーとともに感極まり、りくりゅうと3人で熱い抱擁を交わしています。
「2人のつながりが本当に伝わってきて、純粋な魔法のようだった」「私は決して、決して、信じることをやめなかった」。
これらの言葉は、コーチと選手の間に築かれた7年間の信頼の深さを物語っています。
りくりゅうを支えるコーチ陣の全体像
りくりゅうの成功は、マルコット氏1人だけの力ではありません。
コーチ、トレーナー、振付師を含むチーム全体の連携があってこそ実現したものです。
メーガン・デュアメルのコーチとしての役割
マルコット氏の妻であるメーガン・デュアメルも、りくりゅうのコーチとして重要な役割を担っています。
デュアメルは2018年平昌五輪の団体金メダリストであり、ペアスケーターとしての最高峰を経験した人物です。
近年、りくりゅうの指導におけるメーガンの役割は徐々に拡大しているとされています。
自身がトップ選手として直面した五輪のプレッシャーや精神的な葛藤を理解しているからこそ、選手に寄り添ったアドバイスが可能なのでしょう。
なお、2022年の世界選手権では、英国人解説者がメーガンに対して不適切な発言を行い、ISUから永久追放処分を受けるという事件もありました。
コーチ陣も時にこうした外部からの困難に直面しながら、選手を守り続けてきたことがうかがえます。
渡部文緒トレーナーの存在
リンクサイドのキスアンドクライで、マルコット氏とともに常に帯同しているのが渡部文緒トレーナーです。
五輪のフリー後、りくりゅうとマルコット氏が抱き合う映像のなかで、渡部トレーナーも涙を流している姿が映し出されました。
技術やメンタルだけでなく、身体面のケアを担う存在として、チームの安定を支えています。
振付師の刷新と表現力の進化
2025-2026シーズンから、りくりゅうは振付師を大きく刷新しました。
ショートプログラムをシェイリーン・ボーン、フリーをマリー=フランス・デュブレイユが手がけています。
どちらもカナダ出身の実力派振付師で、マルコット氏の現役時代からの交友関係を活かした人選です。
マルコット氏は振付師の選定においても、選手の成長段階に応じた最適な環境を整える判断力を発揮しています。
怪我と困難を乗り越えたコーチの対応力
りくりゅうの道のりは、決して順風満帆ではありませんでした。
怪我や不調に見舞われた際の、コーチ陣の冷静な判断がチームを支え続けています。
木原龍一の腰椎分離症(2023年)
2023年、木原選手は腰椎分離症と診断されました。
8月頃から違和感が始まり、徐々に痛みが悪化。
ドクターストップがかかり、GPシリーズのスケートアメリカとNHK杯、さらに全日本選手権も欠場する事態となりました。
木原選手は「痛みを我慢して試合に出ようと思った」と語っていますが、コーチ陣は無理をさせず、2024年1月からの本格練習再開まで慎重に待つ判断を下しています。
復帰後の2024年世界選手権では銀メダルを獲得し、マルコット氏は「2人とも精神的に成長できた」と怪我のシーズンを振り返りました。
怪我を通じて得たメンタルの強さが、ミラノ五輪での逆転劇にもつながっているといえるでしょう。
三浦璃来の左肩負傷(2025年)
ミラノ五輪を目前に控えた2025年12月の全日本選手権では、三浦選手が左肩を負傷し、フリーを棄権しています。
五輪代表には選出されたものの、本番までのコンディション調整が大きな課題となりました。
コーチ陣は練習量を慎重に管理し、五輪本番に向けてピークを合わせることに成功しています。
怪我の管理と試合へのコンディショニングを両立させる手腕は、マルコット氏の経験と判断力の賜物です。
日本のペア競技に与えた影響と今後の展望
マルコット氏の功績は、りくりゅう個人の成功にとどまりません。
日本のペア競技全体の発展に大きな影響を与えています。
日本スケート連盟との10年以上の協力関係
マルコット氏と日本スケート連盟の関係は、高橋成美/トラン組の時代にまで遡ります。
2012年の世界選手権で日本ペア初の銅メダルを獲得して以降、連盟はペア育成に対するビジョンを持ち、マルコット氏との協力体制を維持してきました。
オークビルの練習拠点では、りくりゅう以外にも日本のペア選手が指導を受けた実績があります。
マルコット氏自身も「私を信じてくれた連盟の全ての人々にとって、とても特別なことだと思います。
ペアを育成するというビジョンを持ち、支えてくれた彼らの姿勢が、この全てを可能にした」と感謝の言葉を述べています。
米TIME誌が評した「日本ペア史の転換点」
りくりゅうの金メダルは、国際メディアからも大きな注目を集めました。
米TIME誌は「リク、リュウイチの勝利は、日本フィギュアのペア史の転換点になる」と評し、マルコットコーチが日本スケート連盟とともに競技レベルの底上げに取り組んできた過程を詳しく報じています。
りくりゅうの今後と日本ペアの未来
金メダル獲得翌日の一夜明け会見で、りくりゅうは今後の目標について語りました。
「ペアをやりたいと思ってもらえるように頑張りたい」「日本からペアの選手がもっと出てきてほしい」。
引退や現役続行について明確な言及はなされていませんが、日本のペア競技の発展に対する強い思いがにじむ言葉でした。
マルコット氏もチームの次の目標は「分からない」としつつも、日本のペア界を引き続きリードしていく意欲を示唆しています。
木下グループによるリンク貸し切り枠の確保や海外遠征費の支援など、環境面のサポート体制も整いつつあり、日本ペアの未来は明るいといえるでしょう。
まとめ:りくりゅうのコーチが示した信頼と指導の力
- りくりゅうのメインコーチは、カナダ人のブルーノ・マルコット氏(51歳)である
- マルコット氏は元ペアスケーターで、1993年世界ジュニア選手権銅メダリストという競技実績を持つ
- コーチとしてデュアメル/ラドフォード組を五輪金メダルに、高橋成美組を世界選手権銅メダルに導いた実績がある
- 2019年に木原選手へ三浦選手とのペア結成を提案し、カナダのオークビルへの移住を勧めた「仕掛け人」である
- 指導スタイルの特徴は「心理学者的アプローチ」で、選手の精神状態を細かく観察する人間観察力に優れる
- ミラノ五輪SP5位からの逆転劇では「It’s not over」「昨晩を理解するな」「今日世界一になろう」という言葉で選手を鼓舞した
- 2018年平昌五輪でドイツペアの逆転金メダルを目撃した経験が、りくりゅうの逆転を確信する根拠となった
- 妻のメーガン・デュアメルもコーチとして指導に関わり、渡部文緒トレーナーを含むチーム体制で選手を支えている
- 木原選手の腰椎分離症や三浦選手の肩負傷など、怪我に対して無理をさせない慎重な判断力を発揮してきた
- 日本スケート連盟と10年以上の協力関係を築き、りくりゅうの金メダルは日本ペア史の転換点と国際的にも評価されている

