「きのこの山」と「たけのこの里」といえば、誰もが知る明治のロングセラー菓子です。
しかし、かつてこの2大巨頭と肩を並べ、三国志のような勢力争いを繰り広げていた「すぎのこ村」というお菓子が存在したことをご存知でしょうか。
「子供の頃に食べた記憶があるけれど、いつの間にか見かけなくなった」と、その行方が気になっている方も多いはずです。
この記事では、すぎのこ村がなぜ消えてしまったのか、その具体的な理由から、名前を変えて生き残っていた驚きの後日談、そして現在も入手可能なのかといった疑問を詳しく解説します。
この記事を読むことで、幻のお菓子「すぎのこ村」の全貌が明らかになり、あの懐かしい味に再会するためのヒントが見つかるでしょう。
すぎのこ村はなぜ消えた?販売終了(廃村)となった3つの理由
すぎのこ村が市場から姿を消した最大の理由は、兄弟商品である「きのこの山」や「たけのこの里」と比較して、売上が振るわなかったことにあります。
1987年に鳴り物入りで登場したものの、先行する2商品の人気があまりにも高く、出荷数が徐々に減少していきました。
メーカー側の判断として、ラインナップの整理が行われた結果、1990年代初頭に販売終了、つまり「廃村」となったのが真相です。
理由1:きのこの山・たけのこの里に売上で及ばなかった(公式回答)
明治の公式見解によると、すぎのこ村は発売当初こそ大ヒットを記録したものの、長期的には「きのこ」と「たけのこ」の壁を越えられませんでした。
お菓子市場は常に新しい価値が求められる厳しい世界であり、売上が減少傾向にある商品は、新製品に棚を譲る形で終売となるのが通例です。
ブランドとしての知名度はありましたが、リピート購入の回数において、定番の2商品に一歩及ばなかったことが数字として現れてしまいました。
理由2:「すぎのこは食べ物じゃない」という意外なクレーム?
ネット上や一部のファンの間では、消費者から寄せられたユニークな意見が終売に影響したという説も語り継がれています。
具体的には「きのこやたけのこは食べられる植物だが、すぎのこ(杉の子)は食べ物ではないのではないか」といった、モチーフに関する指摘です。
また、「後から出てきたくせに生意気だ」といった熱狂的な「きのこ・たけのこ派」からの風当たりもあったとされています。
これらの意見が直接的な原因とは言い切れませんが、キャラクター性の強いシリーズにおいて、モチーフの馴染み深さが明暗を分けた可能性は否定できません。
理由3:きのこ・たけのこ「第三の勢力」として定着しきれなかった背景
すぎのこ村が発売された1987年は、すでに「きのこの山(1975年)」と「たけのこの里(1979年)」が国民的人気を確立していました。
先行する2商品には、それぞれ「チョコの層が厚い」「クッキーの食感が良い」といった明確なファン層が存在していました。
すぎのこ村もアーモンドを贅沢に使用した独自の美味しさを持っていましたが、強固な2強体制の中に割って入り、独自のポジションを維持し続けることは困難だったようです。
すぎのこ村の販売期間と歴史|いつ発売されていつなくなった?
すぎのこ村の歴史は、1987年の華々しいデビューから始まり、1990年代初頭までの数年間という短い期間に凝縮されています。
わずか数年の販売期間であったにもかかわらず、多くの人の記憶に残っているのは、その独特な形状と印象的な広告展開があったからです。
1987年発売!きのこ・たけのこに続く「第三の兄弟」の誕生
すぎのこ村は1987年、明治のチョコスナックシリーズの第3弾として発売されました。
サクサクとしたビスケットの棒に、クラッシュアーモンドを混ぜ込んだミルクチョコレートをコーティングし、「杉の木」を表現したデザインが特徴です。
「きのこ」「たけのこ」に続く「すぎのこ」の登場により、当時はシリーズがさらに拡大していくワクワク感を消費者に与えました。
わずか数年で廃村へ…1988年のリニューアルと1992年の終売
発売からわずか1年後の1988年、すぎのこ村は早くもパッケージと味のリニューアルを行いました。
この時、軸の部分のビスケットがココア味に変更されるなどの改良が加えられ、生き残りを図りました。
しかし、その後も売上の減少を食い止めることはできず、1992年頃には店頭から完全に姿を消すこととなりました。
懐かしの「すぎのこ村CM」と、きのこ・たけのこ・すぎのこ三国志
当時のテレビCMでは、「きのこ、たけのこ、すぎのこ」と3つの商品を並べて紹介する演出が行われていました。
「あれこれ揃って食べ盛り」といったキャッチコピーと共に、3兄弟としてのブランディングが強化されていた時期です。
このCMの刷り込みにより、多くの人が「明治のチョコスナックは3種類ある」と認識し、現在も語り継がれる「三国志」のような構図が完成しました。
すぎのこ村は現在も買える?「ラッキーミニアーモンド」への改名とその後
すぎのこ村は1992年に一度「廃村」となりましたが、実は名前を変えて市場に残り続けていました。
商品そのものが消滅したのではなく、戦略的に別ブランドへと統合されたという数奇な運命を辿っています。
すぎのこ村の正体は「ラッキーミニアーモンド」として生き残っていた
1992年、すぎのこ村の終売とほぼ同時期に「ラッキーミニアーモンド」という商品が発売されました。
これは、当時大ヒットしていたスティック菓子「ラッキー」の姉妹品という位置づけで登場したものです。
実は中身の製法はすぎのこ村そのものであり、村のコンセプトを捨てて、都会的なブランド名に変えることで存続を図ったのです。
このラッキーミニアーモンドは、その後2008年まで販売され、すぎのこ村時代よりも長く愛されることとなりました。
2005年に期間限定で復活!復刻版パッケージは「村が近代化」していた?
2005年、明治の「昭和の人気チョコスナック」企画の一環として、すぎのこ村が期間限定で復刻販売されました。
この復刻版は、昔を懐かしむファンの間で大きな話題となりましたが、パッケージには面白い仕掛けがありました。
かつてののどかな村の道がコンクリートで舗装され、古民家の背景にビルが建っているなど、時代の流れを感じさせる「近代化したすぎのこ村」が描かれていたのです。
2026年現在、すぎのこ村を店舗で購入することはできるのか?
残念ながら2026年現在、すぎのこ村は通常販売されておらず、店舗で購入することはできません。
また、後継品であった「ラッキーミニアーモンド」も2008年に販売を終了しています。
明治の担当者は、すぎのこ村を「大切な思い出としてしまっておきたいブランド」としており、現時点での常設販売の予定はないようです。
すぎのこ村と「きこりの切株」の違いは?似たお菓子を徹底比較
すぎのこ村を語る際によく混同されるのが、ブルボンの「きこりの切株」です。
見た目や世界観が似ているため、同じシリーズだと思われがちですが、実際には全く別のメーカーによる競合商品です。
明治「すぎのこ村」とブルボン「きこりの切株」は別メーカーの商品
すぎのこ村は「株式会社 明治」の商品ですが、きこりの切株は「株式会社 ブルボン」の商品です。
発売時期も近く、どちらも「森や村」といった自然をテーマにしたチョコスナックであるため、消費者の間で記憶が混ざってしまうことが多々あります。
現在も継続して販売されているのは「きこりの切株」の方であり、すぎのこ村の代わりとして親しまれることもあります。
きのこ・たけのこ・すぎのこ・きこりの形と味の違いを整理
それぞれの特徴を比較すると、食感や素材の使い道に明確な違いがあることが分かります。
すぎのこ村の味が恋しい人へ!今買える「似ているお菓子」一覧
すぎのこ村の「アーモンドチョコとビスケットの組み合わせ」を味わいたい場合、以下の商品が代替案となります。
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きこりの切株(ブルボン):形状やコンセプトが最も近く、現在も入手可能です。
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小枝(森永製菓):アーモンドクラッシュとチョコの組み合わせという点では、非常に近い味わいです。
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アーモンドクラッシュポッキー(グリコ):棒状のビスケットにアーモンドチョコという構造が共通しています。
すぎのこ村に関するよくある質問
すぎのこ村については、今なお多くの謎や誤解が存在します。
よくある質問とその答えをまとめることで、この幻のお菓子に対する理解を深めましょう。
すぎのこ村の「すぎのこ」のモチーフは何?(スギナやツクシ説)
すぎのこ村の「すぎのこ」は、その名の通り「杉の木の子ども(若木)」をイメージしています。
一部で「スギナ(土筆の後の姿)」や「ツクシ」ではないかという説もありますが、明治のコンセプトとしては「杉の木」をモチーフにデザインされました。
ツクシの形状に似ているため、森永製菓の「つくんこ」という別のお菓子と混同されることも、この誤解の一因となっています。
なぜ「きのこの山」の復刻版だけ発売中止になったことがあるの?
2022年、明治は「明治ミルクチョコレート復刻版」などと共に「きのこの山 復刻版」の発売を予定していましたが、直前に発売中止となりました。
これは、工場の生産設備に不具合が生じ、安定した供給が困難になったことが理由です。
「たけのこの里 復刻版」などは予定通り発売されましたが、きのこの山だけが中止になったことで、ファンからは「すぎのこ村の呪いではないか」といった冗談交じりの声も上がりました。
今後、すぎのこ村が再販される可能性はある?
現時点で明治から公式な再販アナウンスはありません。
しかし、過去に2005年に復刻版が出た実績があるため、ブランドの周年記念やキャンペーンなどで限定復活する可能性はゼロではありません。
ファンが声を上げ続け、SNSなどで話題になれば、再び「近代化したすぎのこ村」に会える日が来るかもしれません。
まとめ:すぎのこ村がなぜ消えたかの真相ガイド
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すぎのこ村が消えた主な理由はきのこやたけのこに比べて売上が減少したため
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公式回答として出荷数の減少によるラインナップ整理が挙げられている
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一部では食べ物ではないモチーフへの指摘やクレームが噂されている
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1987年に発売され1992年頃に実質的な終売(廃村)となった
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販売終了後はラッキーミニアーモンドと名前を変えて存続していた
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2005年にはパッケージ内の村が近代化したデザインで復刻版が登場した
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2026年現在は店舗での通常販売は行われていない
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ブルボンのきこりの切株は別メーカーの競合商品である
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すぎのこ村のモチーフはスギナではなく杉の木の若木である
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再販の予定はないが過去の復刻実績から将来的な限定復活の可能性はある

