若手歌舞伎俳優の中でも、ひときわ愛らしいルックスと確かな実力で注目を集めている中村莟玉(なかむら かんぎょく)さん。
テレビや舞台での活躍を目にして、「中村莟玉さんの親は誰なのだろう?」「有名な歌舞伎一家の御曹司なのかな?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は、莟玉さんは一般家庭の出身でありながら、人間国宝である師匠の養子になったという、歌舞伎界でも珍しい経歴の持ち主です。
この記事では、中村莟玉さんの実の親と養親である中村梅玉さんとの関係、複雑な家系図、そして一般家庭から歌舞伎界入りしたドラマチックな経緯について詳しく解説します。
莟玉さんの「親」にまつわる物語を知ることで、彼の舞台をより深く味わうことができるようになります。
中村莟玉の親は誰?実父は出版社勤務、養父は人間国宝の中村梅玉
中村莟玉さんの「親」について語る際、血の繋がった実のご両親と、芸道における親である養父の存在を区別して理解することが大切です。
まずは、それぞれの親がどのような人物なのか、その関係性について解説します。
【結論】実の両親は一般人、師匠の中村梅玉と養子縁組して親子に
結論から申し上げますと、中村莟玉さんの実のお父様とお母様は、歌舞伎界とは関わりのない一般の方です。
莟玉さんは、いわゆる歌舞伎の家に生まれた御曹司ではありません。
幼少期から師匠である四代目中村梅玉(なかむら ばいぎょく)さんのもとで修業を積み、その才能と努力が認められ、2019年に正式に養子として迎え入れられました。
つまり、生みの親である実のご両親と、育ての親であり芸の師匠である養父の二つの「親」の存在が、現在の中村莟玉さんを形作っています。
実父・実母の職業は?両親ともに出版社で編集関係の仕事に従事
中村莟玉さんの実のご両親は、どのような職業に就かれているのでしょうか。
情報によると、ご両親ともに文芸担当として出版社で編集関係のお仕事をされていたそうです。
ご家庭には多くの書籍があり、知的な環境で育ったことがうかがえます。
特にお母様が大の歌舞伎ファンであったことが、莟玉さんの人生を大きく左右することになりました。
家庭内で日常的に歌舞伎の話題が出たり、テレビで歌舞伎放送を見たりする環境があったからこそ、莟玉さんは幼い頃から自然と歌舞伎に興味を持つようになったのです。
養父・四代目中村梅玉とは?人間国宝に認定された歌舞伎界の重鎮
莟玉さんを養子として迎え入れた四代目中村梅玉さんは、現代の歌舞伎界を代表する立役(男役)の一人です。
屋号は「高砂屋(たかさごや)」で、その気品あふれる芸風と端正な容姿から、殿様や若殿などの高貴な役柄において右に出る者はいないと言われています。
2022年には、その功績が称えられ、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
梅玉さんは、血縁のない莟玉さんを小学生の頃から手塩にかけて育て上げ、自身の後継者として指名しました。
これは実力主義の側面もある歌舞伎界において、非常に美しい師弟愛の形として知られています。
一般家庭からなぜ歌舞伎界へ?実母とのエピソードと入門のきっかけ
歌舞伎の家柄ではない一般家庭に生まれた少年が、なぜ梨園の世界に入り、名跡を継ぐまでになったのでしょうか。
そこには、まるでドラマのような運命的な出会いとエピソードがありました。
母親の影響で2歳から観劇!劇場のロビーでの「お芝居ごっこ」が運命を変えた
中村莟玉さんが初めて歌舞伎を生で観劇したのは、なんとわずか2歳のときでした。
歌舞伎好きのお母様に連れられて劇場に通ううちに、莟玉さんはたちまちその煌びやかな世界に魅了されていったそうです。
運命が動いたのは、莟玉さんが小学1年生のときでした。
お母様と訪れた新橋演舞場のロビーで、大好きだった演目「切られ与三郎」の真似をして遊んでいたところ、偶然その場に居合わせた日本舞踊家の目に留まりました。
「そんなに好きならお稽古にいらっしゃい」と声をかけられたことがきっかけで、日本舞踊の世界へ足を踏み入れることになります。
ただの「ごっこ遊び」が、プロの道へと続く扉を開いた瞬間でした。
7歳で中村梅玉に入門!部屋子「中村梅丸」から養子「中村莟玉」への道のり
日本舞踊の稽古を始めた莟玉さんは、その師匠の紹介で7歳の時に四代目中村梅玉さんと出会います。
梅玉さんは当初、「一年もすれば飽きてしまうだろう」と思っていたそうですが、少年の熱意は本物でした。
見習いとして楽屋に通うことを許され、2005年には本名の「森正琢磨」で初舞台を踏みます。
その後、2006年に梅玉さんの「部屋子(へやご)」となり、「中村梅丸(うめまる)」という芸名を授かりました。
部屋子とは、師匠の楽屋で鏡台を並べ、身の回りの世話をしながら芸を学ぶ特別な弟子のことです。
そして十数年の修業を経て、2019年、ついに師匠の養子となり「初代中村莟玉」を襲名するに至りました。
実家は歌舞伎とは無縁?サラリーマン家庭から実力で名門の跡継ぎへ
歌舞伎の世界では、世襲が一般的であるため、一般家庭出身者が幹部俳優の養子になることは異例の出世と言えます。
莟玉さんの実家は前述の通り出版社勤務のサラリーマン家庭であり、歌舞伎の後ろ盾はありませんでした。
しかし、莟玉さんは持ち前の愛らしさと、真面目に芸に取り組む姿勢で、師匠だけでなく多くの先輩役者やファンから愛される存在へと成長しました。
「梅丸」時代から子役や女方として確かな実績を残し、実力で「高砂屋」の継承者としての切符を掴み取ったのです。
このサクセスストーリーは、多くの歌舞伎ファンに希望と感動を与えています。
中村莟玉と中村梅玉の家系図を解説!複雑な「養子」の系譜
中村莟玉さんと養父・梅玉さんの関係を理解するには、「高砂屋」の家系図を紐解く必要があります。
実は、養父である梅玉さん自身も、かつては養子として家に入った経緯がありました。
高砂屋の家系図!養父・梅玉自身も「女帝」六代目中村歌右衛門の養子だった
四代目中村梅玉さんは、昭和の歌舞伎界で「女帝」と称された伝説の女方、六代目中村歌右衛門(なかむら うたえもん)の養子です。
六代目歌右衛門には実の子がいなかったため、自身の妻の甥にあたる梅玉さん(当時は中村福助)とその弟(現・中村魁春)を養子に迎えました。
つまり、高砂屋の家系は二代続けて「養子」によって芸と名跡が受け継がれていることになります。
血のつながり以上に、芸の精神を受け継ぐことを重視する高砂屋の伝統が、莟玉さんの養子縁組にも背景として存在しているのです。
なぜ養子縁組をしたのか?芸の継承と「莟玉」改名に込められた深い絆
師匠と弟子という関係を超えて、なぜあえて「養子」という形をとったのでしょうか。
これには、莟玉さんを正式な後継者として世間に示し、より大きな役にも挑戦できるようにという梅玉さんの親心があります。
当時の報道などによると、戸籍上の入籍はしていないものの、芸道における親子としての固い盃を交わし、事実上の養子として迎え入れたとされています。
梅玉さんは「部屋子の身ではつかないような役も、養子となれば演じられるチャンスが広がる」と考え、愛弟子の将来を案じてこの決断をしました。
「莟玉」の名前の由来は?梅玉の「玉」と前途有望な若者を指す「莟」
「莟玉(かんぎょく)」という名前には、師匠からの深い愛情と期待が込められています。
「玉」の字は、養父である中村梅玉さんの名前から一字を受け継いだものです。
そして「莟(つぼみ)」という字は、梅玉さんの養父である六代目歌右衛門が、若い頃に主宰していた自主公演「莟会(つぼみかい)」に由来します。
「まだ開いていない花の芽だが、前途有望な若者」という意味が込められており、いずれ大輪の花を咲かせてほしいという願いが託された名前なのです。
中村莟玉の学歴は?大学卒業まで学業と舞台を両立した努力家
幼い頃から舞台に立ち続けてきた中村莟玉さんですが、学業をおろそかにすることはありませんでした。
ここでは、彼の知られざる学歴と学生時代のエピソードについて紹介します。
出身大学はどこ?近世文学を専攻し4年間で卒業した文武両道のエピソード
中村莟玉さんは、東京都内の4年制大学の文学部を卒業しています。
具体的な大学名は公表されていませんが、大学では「近世文学」を専攻し、歌舞伎の演目とも関わりの深い江戸時代の文学について学んでいたそうです。
歌舞伎の公演は通常1ヶ月間休みなく続くため、学生生活との両立は並大抵のことではありません。
しかし、莟玉さんは休演することなく舞台に立ち続けながら、留年することもなく4年間できっちりと大学を卒業しました。
この文武両道のエピソードからも、彼の真面目で粘り強い性格がうかがえます。
出身高校は都立白鴎高校!偏差値の高い中高一貫校で過ごした学生時代
莟玉さんの出身高校は、東京都台東区にある「都立白鴎(はくおう)高等学校」であると言われています。
ここは都立高校の中でも珍しい中高一貫校で、高い偏差値を誇る進学校として知られています。
また、日本の伝統文化教育に力を入れている学校でもあり、長唄三味線部や和太鼓部などがあることでも有名です。
歌舞伎座や浅草公会堂などの劇場に近い立地もあり、学業と稽古を両立させる環境として選んだのかもしれません。
高校時代から成績優秀で、芸事にも一切手を抜かない姿勢は、当時の同級生や先生方からも一目置かれていたことでしょう。
中村莟玉のプロフィールQ&A!身長・結婚・かわいい魅力に迫る
最後に、中村莟玉さんのプライベートな一面や、ファンが気になる疑問についてQ&A形式でまとめました。
彼の素顔を知れば、ますます応援したくなること間違いありません。
身長162cm・体重52kg!女方や若衆役に最適な小柄で華奢なスタイル
中村莟玉さんの身長は162cm、体重は52kgと公表されています。
現代の男性としては小柄な体格ですが、これは女方(おんながた)や、若々しい美少年役である若衆(わかしゅ)を演じる上では非常に大きな武器となります。
舞台上での可憐な娘役や、儚げな少年の役がこれほど似合うのは、この華奢なスタイルあってこそです。
小柄であることを生かし、舞台ではダイナミックかつ繊細な動きで観客を魅了しています。
結婚して妻はいる?現在の彼女の噂や好きなタイプを調査
現在、中村莟玉さんは独身であり、結婚しているという情報はありません。
また、特定の彼女がいるといった熱愛報道もこれまでのところ出ていないようです。
好きな女性のタイプについては、過去のインタビューなどで「落ち着いた雰囲気の人」「芯のある穏やかな人」といった女性像を挙げられています。
幼い頃から芸事一筋で生きてきたため、プライベートでも安らぎや穏やかさを求めているのかもしれません。
「かわいい」と評判の理由は?パンダ好きすぎる素顔と「まるる」の愛称
中村莟玉さんがファンの間で「かわいい」と評判なのは、そのルックスだけが理由ではありません。
彼は大の「パンダ好き」として知られており、特に上野動物園のジャイアントパンダ「シャンシャン」への愛は有名です。
SNSやインタビューでパンダへの熱い想いを語る姿や、パンダグッズに囲まれて嬉しそうにする様子が「ギャップ萌え」として人気を集めています。
また、前名の「梅丸」にちなんだ「まるる」や「まるちゃん」という愛称で呼ばれ続けており、その親しみやすいキャラクターも多くのファンを惹きつける要因となっています。
まとめ:中村莟玉の親と家系の物語
-
実の親は出版社勤務の一般人であり、歌舞伎の家柄ではない
-
師匠である四代目中村梅玉に才能を見出され、2019年に養子となった
-
養父の梅玉自身も、六代目中村歌右衛門の養子という経緯を持つ
-
高砂屋は血縁以上に「芸の継承」を重んじる家系である
-
莟玉という名前には「前途有望な若者」という意味が込められている
-
母親の影響で2歳から観劇し、ロビーでのごっこ遊びが入門の契機となった
-
都内の4年制大学を卒業し、学業と舞台を両立させた努力家である
-
身長162cmの小柄な体格を生かし、女方や若衆役で活躍している
-
現在は独身で、大のパンダ好きという愛らしい一面も持つ
-
実力で名門の養子となったシンデレラストーリーの持ち主である

