『あきない世傳 金と銀』の主人公・幸の造型のきっかけになったのは、松坂屋創業家の第10代当主・伊藤宇多です。ただし、作品の五鈴屋と、宇多が支えた名古屋のいとう呉服店は分けて捉える必要があります。「実在の女性に着想を得たこと」と「物語がそのまま実話であること」は別です。
幸のモデルとして知られる伊藤宇多はどんな人?
伊藤宇多(いとう・うた)は、江戸時代にいとう呉服店を支えた女性です。松坂屋史料室の公式記事によると、伊藤家の第7代、第8代、第9代当主と夫婦になりましたが、相次いで死別しました。
宇多は1755年に自ら第10代当主となり、1763年に第11代の祐恵へ家督を譲るまで家業を支えました。松坂屋につながる商家には、実際に経営を担った女性がいたのです。
家督を譲った後も、宇多は夫となった祐恵を支えました。上野松坂屋を買収して江戸へ進出したのは、祐恵の代の1768年です。宇多が一人で松坂屋を創業した、と捉えると来歴が違ってしまいます。
作者は資料調べで宇多の存在を知った
髙田郁文化財団の対談報告には、作者の髙田郁さんが、宇多を幸の造型のきっかけとして語ったことが記されています。
宇多の名を見つけたのは、『みをつくし料理帖』第2巻の執筆に向け、番付の資料を調べていたときでした。呉服商いに携わる女性の名が載っていたことが、関心を持つ入口になったそうです。
同じ報告では、宇多と祐恵が連名で署名した家訓も取り上げられています。宇多は家督を譲って役割を終えたのではなく、その後も夫とともに経営を担った人物として紹介されています。
五鈴屋と松坂屋の関係は?舞台と来歴を分けて見る
五鈴屋は作品に登場する大坂天満の呉服商で、宇多が当主を務めたのは名古屋の「いとう呉服店」です。五鈴屋を松坂屋の昔の店名として覚えると、物語と史実が混ざってしまいます。
幸が大坂天満の五鈴屋に奉公する出発点は、NHKオンデマンドの第1回紹介でも描かれています。宇多の来歴をそのまま当てはめて、幸の家族や結婚、店の歩みまで史実と判断することはできません。
実在した女性経営者の存在を知ると、幸が商いの道を切り開く物語に、もう一つの見方が加わります。
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