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水谷八重子の死因は肺炎|体調不良で休演していた経緯や最後の舞台も

劇団新派を代表する俳優・水谷八重子さんが、2026年8月28日に87歳で亡くなりました。

松竹の発表によると、死因は肺炎です。4月には体調不良を理由に出演予定だった舞台を休演していたため、「当時から肺炎を患っていたのか」「亡くなる前はどのような状況だったのか」と気になっている人も多いと思います。

ただ、4月に発表された体調不良については具体的な病名が明かされておらず、今回の肺炎との関係についても説明されていません。水谷さんは休演前の3月まで公の場に姿を見せていました。

目次

水谷八重子はいつ死去した?死因は肺炎と松竹が発表

水谷八重子さんの訃報は、2026年8月31日に松竹から発表されました。

水谷さんが亡くなったのは8月28日です。死因については「肺炎」と明確に発表されており、病名が伏せられている訃報ではありません。

水谷八重子は2026年8月28日に87歳で死去

ENCOUNTなどの報道によると、水谷八重子さんは2026年8月28日午後0時18分、東京都内で亡くなりました。87歳でした。

水谷さんは1939年4月16日生まれ。8月31日に松竹が訃報を発表し、舞台だけでなく映画やテレビ、歌手として長く活動した俳優の死を多くのメディアが伝えています。

水谷八重子の死因は肺炎

水谷八重子さんの死因は、松竹から「肺炎」と公表されています。

そのため、水谷さんの死因について肺炎という情報はネット上だけで広がった説ではなく、所属する松竹の発表をもとに主要メディアが報じている内容です。ORICON NEWSやテレビ朝日、ENCOUNTなども同じ内容を伝えています。

一方、いつごろ肺炎を発症したのか、入院や治療がどのような経過をたどったのかといった詳しい内容までは、今回の発表では明らかにされていません。

水谷八重子は体調不良で休演していた|肺炎との関係は?

水谷八重子さんは亡くなる約4か月前、体調不良のため舞台を休演すると発表していました。

死因が肺炎だったことから、このときの体調不良との関係も気になるところですが、4月の休演発表では病名は明らかにされていません。

2026年4月22日に「明日の幸福」の休演を発表

劇団新派の公式サイトは2026年4月22日、水谷八重子さんが体調不良のため、新橋演舞場「新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演」の『明日の幸福』を休演すると発表しました。

公演は5月9日から19日まで予定されており、水谷さんは松崎淑子役で出演する予定でした。

休演に伴い、水谷さんが演じる予定だった松崎淑子役は久本雅美さんが務めることになりました。テレビ朝日の報道でも、休演理由は「体調不良」とされ、その詳しい内容は発表されていないと伝えられています。

休演約1か月前の3月19日には記者会見に出席

水谷八重子さんは、休演が発表される約1か月前の2026年3月19日には、『新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演』の記者会見に出席していました。

日刊スポーツによると、水谷さんは新派と松竹新喜劇について「一生涯、親戚付き合いをしていきたい」と語り、5月の舞台に向けた思いを明かしていました。

ステージナタリーが伝えた会見にも、水谷さんは波乃久里子さん、渋谷天外さん、三田村邦彦さん、高島礼子さんらとともに登壇しています。

その後、4月22日に体調不良による休演が発表されたという経緯です。

4月の体調不良は肺炎だった?

水谷八重子さんの4月の体調不良について、肺炎だったのではないかと気になる人もいると思います。

ただ、劇団新派が4月22日に出した公式発表では、休演理由は「体調不良」とだけ記されており、肺炎という病名は出ていません。入院していたのかどうかについても触れられていませんでした。

8月31日に発表された訃報では死因が肺炎と明かされていますが、4月の体調不良から肺炎が続いていたのか、その後に肺炎を発症したのかといった経過は発表されていません。

現時点で分かっているのは、4月に体調不良で舞台を休演し、8月28日に肺炎のため亡くなったというところまでです。

水谷八重子の最後の舞台は「三婆」|富田駒代役で出演

水谷八重子さんは2026年5月の『明日の幸福』への出演を予定していましたが、体調不良で休演しました。

そのため、俳優として実際に出演した最後の舞台は、2025年2月に上演された二月新派喜劇公演『三婆』となりました。松竹の発表を伝えたORICON NEWSでも、この作品が水谷さんの最後の舞台だったとされています。

2025年2月の南座「三婆」が最後の舞台

『三婆』は有吉佐和子さんの原作を小幡欣治さんが舞台化した人気喜劇です。

水谷八重子さんは富田駒代役を演じ、波乃久里子さん、渡辺えりさんらと共演しました。

松竹の公演情報によると、2025年2月1日から9日まで東京・新橋演舞場、2月13日から24日まで京都・南座で上演されています。水谷さんについては、この南座公演で演じた富田駒代役が最後の舞台として発表されています。

南座公演直前の2025年2月12日には公開稽古にも参加しており、スポニチの取材に水谷さん、波乃久里子さん、渡辺えりさんの3人で応じていました。

最後の舞台後もコンサートや新派の活動を続けていた

「最後の舞台」が2025年2月だったからといって、その後すぐに活動から離れていたわけではありません。

JZ Bratの公式スケジュールには、2026年2月15日に水谷八重子さんのヴァレンタインコンサート「ヴァレンタインの翌日に愛を歌う」が掲載されています。水谷さんはもともとジャズ歌手としてもデビューしており、晩年まで歌の活動を続けていました。

さらに3月19日には『明日の幸福』の記者会見に出席。6月に劇団新派が告知した泉鏡花『婦系図』より「湯島境内」では、水谷さんが総合プロデュースとしてクレジットされています。

舞台出演としては『三婆』が最後となりましたが、新派や音楽に関わる活動はその後も続いていました。

水谷八重子はどんな俳優だった?二代目襲名までの経歴

水谷八重子さんは、新派の伝統を長年支えてきた俳優です。

母は初代水谷八重子さん、父は歌舞伎俳優の十四世守田勘弥さん。舞台だけにとどまらず、映画、テレビ、歌の世界でも活躍しました。

16歳で水谷良重として初舞台

水谷さんは1955年、16歳のときに「水谷良重」の名前で歌舞伎座の新派公演に出演し、初舞台を踏みました。

同じ時期にジャズ歌手としてもデビュー。テレビでは『あなたとよしえ』『若い季節』などに出演し、映画では『青い山脈』『座頭市物語』『悪名』など幅広い作品に出演しています。

1995年には母の名跡を継いで二代目水谷八重子を襲名しました。

その後も『滝の白糸』『日本橋』『婦系図』『鹿鳴館』『京舞』など新派を代表する作品に出演。2001年には紫綬褒章、2009年には旭日小綬章を受章し、2023年には港区名誉区民に選ばれています。

水谷八重子への追悼の声|波乃久里子が「本当の姉妹のよう」

水谷八重子さんの訃報を受け、新派で長年ともに舞台に立ってきた波乃久里子さんもコメントを寄せています。

2人は新派を代表する俳優として数多くの作品で共演してきました。

波乃久里子とは66年にわたる付き合い

ORICON NEWSによると、波乃久里子さんは水谷八重子さんとの出会いから66年だったと明かしました。

家族より長い時間を過ごし、「本当の姉妹のよう」な関係だったと振り返っています。舞台上では「阿吽の呼吸」だったとして、水谷さんへの感謝を伝えました。

最後には「本当にほんとうにありがとう」と言葉を贈っています。

最後の舞台となった『三婆』でも、水谷さんと波乃さんは共演していました。長年にわたり新派を支えてきた2人だからこその言葉といえそうです。

水谷八重子の葬儀やお別れの会は?

水谷八重子さんの葬儀について、松竹は近親者で執り行うと発表しています。

また、後日お別れの会を開く予定であることも明らかにされました。供花や香典については辞退するとしています。

8月31日の訃報発表時点では、お別れの会の日時や会場など詳しい内容は発表されていません。

水谷八重子の死因は肺炎|体調不良から死去までに分かっていること

水谷八重子さんは2026年8月28日、肺炎のため87歳で亡くなりました。死因の肺炎については松竹が正式に発表しています。

亡くなる前の2026年4月には体調不良を理由に『明日の幸福』の休演が発表されていました。ただ、その際には具体的な病名は明かされておらず、4月の体調不良と死因となった肺炎がどのようにつながっていたのかについても説明は出ていません。

最後の舞台は2025年2月、京都・南座で上演された『三婆』の富田駒代役でした。その後もコンサートや記者会見、新派作品のプロデュースなどに関わり、長年歩んできた舞台や音楽の世界で活動を続けていました。

葬儀は近親者で執り行われ、後日お別れの会が予定されています。詳しい日程については、松竹などからの続報が待たれます。

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