三宅健さんは、10代の頃からゴローズ(goro’s)のアクセサリーを愛用していました。
2026年5月には本人が、若い頃はゴローズのネックレスを「肌身離さず」身につけ、一心同体のように感じていたとテレビ番組で告白。CM撮影でも外すことを拒んだほど強い思い入れがあったことを明かしています。
現在も当時のネックレスは自宅に保管しており、「一生の宝物」と語っています。
三宅健は10代からゴローズを愛用していた
三宅健さんがゴローズを身につけ始めたのは10代の頃です。
2026年5月12日放送のテレビ東京系「あのちゃんの電電電波♪」で、三宅さん自身が10代当時を振り返り、ゴローズについて語っています。
三宅さんは16歳でデビューした頃、かなりこだわりが強かったそうで、ネイティブアメリカンのジュエリーであるゴローズを肌身離さず着用していました。
単にファッションとして気に入っていたというより、自分自身と切り離せないほど大切な存在だったようです。
CM撮影でもゴローズのネックレスを外さなかった
三宅健さんのゴローズへの思い入れがよく分かるのが、10代の頃のCM撮影でのエピソードです。
フライドチキン商品のCMに出演した際、クライアント側からネックレスを外してほしいと求められたものの、当時の三宅さんは拒否。マネージャーやクライアントを巻き込んだやり取りの末、最終的にはネックレスをつけたまま撮影したと明かしています。
ドラマ撮影でも同様で、ネックレスを外さずに出演することがあったそうです。走るシーンなどでアクセサリーの音が入ってしまうため、ガムテープで固定して対応したことまであったと振り返っています。
2026年の本人発言から確認できるのは、ゴローズが当時の三宅さんにとって単なる高級アクセサリーではなかったということです。
ゴローズを外した理由は「依存するのは危うい」と感じたから
それほど大切にしていたゴローズですが、三宅健さんは20代後半から30代頃に考え方が変わったと話しています。
ゴローズがなければ自分らしくいられない、という状態になっていることに気づき、「それは危うい」と考えるようになったそうです。
そこで、ずっと身につけ続ける状態から卒業しようと決めました。
ただし、嫌いになったわけではありません。かつて愛用していたネックレスは現在も自宅に残しており、2026年の番組では一生の宝物だという趣旨で語っています。
若い頃の自分を支えてくれた大切な品として、今も特別な存在であることが分かります。
三宅健のゴローズのバングルやネックレスはどんなもの?
三宅健さんについては、ネックレスだけでなくゴローズのバングルを長年愛用してきたことも知られています。
2023年には「週刊女性PRIME」が、三宅さんが昔から愛用しているゴローズのバングルについて報道。テレビ番組やコンサート、雑誌などでも着用していたと伝えています。
ゴローズを扱う専門店などでは、三宅さんがイーグルやフェザーを組み合わせたネックレス、唐草模様の入った平打ちタイプのブレスレットを所有していると紹介されています。
ただし、個々のパーツ名や組み合わせについて、三宅さん本人やゴローズ公式がすべて公表しているわけではありません。そのため「この型を所有している」と確認できない情報まで断定するのは避けたほうがよいでしょう。
本人の発言から確実に分かるのは、10代からゴローズのネックレスを非常に大切にしていたこと、20代後半から30代頃に常時身につける状態から卒業したこと、そして当時のネックレスを現在も保管していることです。
三宅健にとってゴローズは今も「一生の宝物」
三宅健さんとゴローズの関係は、10代の頃から続くものでした。
若い頃はCMやドラマの撮影でも外したくないほど強い思い入れがありましたが、20代後半から30代頃には「これがないと自分でいられない」と感じる状態から離れることを選んでいます。
それでもネックレスを手放したわけではなく、2026年現在も自宅に保管。三宅さんにとってゴローズは、若い時代をともにした大切な宝物として残っているようです。

