フリースタイルスキー女子で2大会連続の冬季五輪日本代表となった近藤心音さんが、23歳で現役を引退した理由が改めて注目されています。
近藤さんは2026年6月8日に約12年間の競技生活を終えることを発表し、その際には「体と心を守るためにも、身を削る挑戦はここまで」と決断した心境を説明していました。日刊スポーツや共同通信も、近藤さんが競技をやり切ったという思いと、心身を守ることを理由として挙げたと報じています。
そして約2カ月後の8月24日、近藤さんは自身のInstagramで、海外遠征中の複数選手からの嫌がらせやいじめ、五輪期間中の帯同トレーナーからのパワハラを受けたと主張しました。
その中で引退について「ここに居たら、この場所に身を置き続けたら、心が死ぬと思いました」と説明しています。6月の引退発表では詳しく語られていなかった競技環境での精神的な負担が、本人の言葉によって新たに明かされた形です。
近藤心音の引退理由はなぜ?23歳で現役引退した経緯
近藤心音さんは2026年6月8日、自身のInstagramで現役引退を発表しました。
2003年2月19日生まれで、引退発表時は23歳。JOCの公式プロフィールでは、北京2022冬季五輪とミラノ・コルティナ2026冬季五輪の日本代表として掲載されています。
一般的なトップアスリートの感覚ではまだ若い年齢だけに、「近藤心音さんはなぜ引退したのか」と気になった人も多かったようです。
6月の引退発表では「体と心を守るため」と説明
近藤さんが6月の時点で示していた引退理由は、一つだけではありませんでした。
日刊スポーツによると、近藤さんは約12年間の競技生活を振り返り、競技にも自分自身にも本気で向き合い、やり残したことがないと思えるほど最後までやり切ったと説明しています。
そのうえで、「体と心を守る為にも、身を削る挑戦はここまでだなと感じました」とつづりました。
つまり、6月8日の段階では、
・競技人生をやり切ったという気持ち
・長期間の競技生活による身体への負担
・精神面を含めた自分自身を守りたいという思い
が引退決断の背景として語られていました。
ただ、この時にはチーム内でのいじめやパワハラについて詳しい説明はありませんでした。
近藤心音はスキー自体を辞めたわけではない
現役引退と聞くと、近藤さんがスキーそのものから離れたようにも感じます。
しかし、本人が発表したのはあくまで競技選手としての引退です。
日刊スポーツやデイリースポーツによると、近藤さんは今後についてプロスキーヤーとして活動し、幅広いスキー活動を行う予定だと説明しています。
妹・叶音さんの選手活動を支えながら、指導者として次世代育成に関わることも視野に入れていると明かしました。
競技の第一線からは離れる一方、スキーへの思いまで失ったわけではありません。
近藤心音が「心が死ぬ」と告白した引退理由とは?
近藤心音さんの引退理由が再び注目されたきっかけが、2026年8月24日のInstagramへの投稿です。
デイリースポーツやスポニチアネックスによると、近藤さんはチーム関係者との間で経験したという出来事を明かし、その流れの中で「なぜ私が選手を引退したか?」と自身の引退理由にも踏み込みました。
「ここに居たら心が死ぬと思いました」と説明
近藤さんは8月24日の投稿で、大きな怪我に加え、自身が置かれていた競技環境について触れています。
スポニチアネックスによると、近藤さんは「ここに居たら、この場所に身を置き続けたら、心が死ぬと思いました」と投稿し、その場所から離れる決断をしたと説明しました。
6月の引退発表で使われた「体と心を守る」という言葉と、8月の「心が死ぬと思った」という説明を合わせると、本人の中では身体的な問題だけではなく、精神的な負担も引退に関わっていたことが分かります。
6月には詳しく語らなかった背景を、8月になって本人がより具体的に説明した形です。
近藤心音の引退にパワハラやいじめは関係していた?
近藤心音さんは8月24日のInstagramで、選手やチーム関係者から受けたという嫌がらせやいじめ、パワハラについて複数の訴えをしています。
これらは近藤さん本人による主張として報じられている内容であり、現時点で各行為について第三者による調査結果が示されたという話ではありません。
一方、近藤さん自身はこうした競技環境について語った直後に引退理由を説明しており、本人が引退を決断した背景として精神的な負担があったことを明らかにしています。
海外遠征中に複数選手からいじめを受けたと主張
スポニチアネックスによると、近藤さんは世界選手権終了後の海外遠征中、「複数人の選手から嫌がらせやいじめを受けていました」と投稿しています。
具体的には、話しかけても無視されることや、集団から外されるような行為、自身の名前とSNSアカウントを掲載した誹謗中傷などがあったと主張しました。
また、世界選手権や五輪欠場をめぐって受けた誹謗中傷について、一部は以前から友人だと思っていた選手、コーチ、トレーナーだったとも説明しています。
ただし、近藤さんは投稿で対象者の実名を公表しておらず、どの選手やスタッフを指しているのかは明らかになっていません。
ミラノ五輪では帯同トレーナーからパワハラを受けたと主張
近藤さんはさらに、ミラノ・コルティナ五輪期間中、フリースタイルスキーSSBAHPの帯同トレーナーからパワハラを受けていたとも主張しています。
スポニチアネックスでは、近藤さんが左膝を負傷した後に嫌味と受け取った言葉をかけられたことや、競技に出場できないと分かった後には治療をしてもらえなかったと訴えたことが報じられています。
一方、近藤さんはJOCから帯同していたドクターやトレーナーについては、治療やケア、最後まで出場するためのサポートをしてくれたとして感謝を示しています。
本人の投稿でも、すべてのスタッフを問題視しているわけではなく、支えてくれた関係者と自身が問題だと感じた相手を分けて語っています。
近藤心音の怪我も引退理由?北京・ミラノで2大会連続欠場
近藤心音さんの引退を考えるうえで外せないのが、度重なる大きな怪我です。
特に五輪では、北京2022とミラノ・コルティナ2026の2大会連続で日本代表入りしながら、いずれも本番前の公式練習で膝を負傷し、競技に出場できませんでした。
北京五輪では右膝を負傷して2種目を欠場
2022年の北京五輪では、近藤さんは18歳で初めて五輪代表に選ばれました。
しかし公式練習中の転倒で右膝を負傷します。
デイリースポーツによると、右膝の前十字靱帯や半月板などを損傷し、ビッグエアとスロープスタイルの2種目を欠場することになりました。
その後は手術と長期リハビリを経て競技に復帰し、再び五輪を目指しています。
ミラノ五輪でも左膝を大きく負傷
4年後のミラノ・コルティナ五輪でも、近藤さんは再び日本代表に選ばれました。
ところが2026年2月5日、スロープスタイルの公式練習中に転倒し、今度は左膝を負傷します。
本人が取材で説明した内容によると、前十字靱帯と内側側副靱帯の損傷に加え、半月板の損傷と骨挫傷もあったとされています。
それでも近藤さんは最後まで出場を諦めず、治療やリハビリを続けました。
最終的にはスロープスタイルを棄権し、その後ビッグエアも欠場。JOCは左膝の負傷によりビッグエアを棄権し、早期帰国すると発表しました。
怪我だけが近藤心音の引退理由だったわけではない
2大会連続で五輪直前に膝を大きく負傷したことから、近藤心音さんの現役引退について当初は怪我との関係が強く注目されました。
実際、6月の引退発表でも「体と心を守る」という言葉が使われています。
ただ、8月24日の本人投稿では、大きな怪我に加えて、チーム関係者から受けたとする嫌がらせ、いじめ、パワハラなどについて説明したうえで、自分がその環境から離れた理由を明かしています。
そのため、本人が現在語っている引退理由は「怪我だけ」とするより、身体と精神の両方に大きな負担が重なった結果として受け止める方が、本人の説明に近い内容となっています。
近藤心音は五輪直後から競技人生の区切りを意識していた
近藤心音さんは8月の投稿で突然引退を考え始めたわけではありません。
ミラノ・コルティナ五輪後の2026年2月22日、JOCが公開した閉幕時の選手コメントでも、自身の五輪への挑戦について人生を懸けた挑戦が幕を閉じたという思いを語っていました。
また、身を削りながら努力を続けても結果として報われなかったことにも触れています。
五輪前には「最後まで挑み続ける姿を見せたい」と語っていた近藤さんですが、本番直前の大怪我によって2大会連続でスタートラインに立つことができませんでした。
その後の6月に選手引退を正式発表し、8月になって競技環境で抱えていたという悩みを公にしたという流れです。
近藤心音はなぜ23歳で引退?現在分かっている理由
近藤心音さんが23歳という若さで現役引退した理由について、本人のこれまでの発言を見ると一つの出来事だけが原因だったわけではありません。
6月8日の引退発表では、約12年間の競技生活をやり切ったという思いとともに、「体と心を守るため」に選手としての挑戦を終えると説明していました。
身体面では、北京五輪で右膝、ミラノ五輪で左膝を大きく負傷し、2大会連続で本番を欠場するという厳しい経験をしています。
さらに8月24日には、海外遠征中の複数選手による嫌がらせやいじめ、五輪期間中の帯同トレーナーによるパワハラを受けたと本人が主張しました。
そのうえで「心が死ぬと思いました」と競技環境から離れた理由を説明しています。
近藤さんの引退理由として現在分かっているのは、度重なる怪我による身体的な負担だけではなく、本人が訴えているチーム内での出来事や精神的な負担も決断の背景にあったということです。
一方、近藤さんはスキーそのものから離れたわけではなく、プロスキーヤーとしての活動や次世代選手の育成にも意欲を示しています。
競技選手としての約12年間には区切りを付けましたが、近藤さんの新しいスキー人生はすでに始まっています。

